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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第5話 久方ぶりの王都

 大公領ハンスレットを出発して二十一日目の夕刻。
 ロディアスとリュミザの乗った馬車が王都へ入った。
 ハンスレットのタウンハウスは郊外にある。屋敷までも王宮に距離を置いているあたり、どこまでも王家と壁があるのだなと、ロディアスは改めて思う。

 両親が存命の頃は、社交シーズンになればタウンハウスへ家族で来たものだ。
 戦の最中、領民たちを護るため先頭に立ち続けた彼らが亡くなったのは、国王ルディルが無闇に起こした戦争でのこと。

 やはり王家とは相容れない。そう思いながらロディアスは、薄く開いたカーテンの隙間から外を眺めた。
 ハンスレット大公家の馬車が王都を走るなど珍しいのだろう。道行く人が振り向いている。
 おそらくすぐに、ロディアスが王都へ来たと噂になるはずだ。

「ロディー、顔色が優れませんね」

「……大丈夫だ」

「そうですか」

 道中とは異なり、向かい側で大人しく座っているリュミザは、先ほどから心配そうにロディアスを見ていた。
 さほど明るくない馬車内で気づくほど、ロディアスの表情は硬く強ばっているようだ。
 王都には家族の思い出と、アウローラとの思い出ばかりだから、仕方ないのだとロディアスは自身に言い聞かせていた。

「ロディー、あの……」

「ん?」

「ロディアスさま、着きました」

 リュミザがなにか言いかけたところで、馬車が止まった。
 御者台からノックが聞こえ、到着を知らされる。
 耳を澄ませばわずかに外から話し声が聞こえてきた。あとに続いていた護衛や使用人たちも続々と到着した様子。

 今度は馬車の扉がノックされ、返事をすれば扉がゆっくりと開く。
 ロディアスがすぐさま降りると、リュミザもあとに続いて降りてきた。

「足元に気をつけろ」

「ありがとうございます」

 思わず手を差し伸ばしてしまい、リュミザは一瞬きょとんとしたものの、無下にはせず彼はロディアスの手をとった。

「えっ、アウローラさま?」

「違うわ、御髪おぐしが金色ですもの」

 予想はしていたけれど、リュミザが馬車を降りた途端、わずかなざわめきが起こる。

 アウローラはタウンハウスに滞在している時間が長かった。
 直接世話をしていた者も多いだろう。見た目は本当によく似ているので、驚くなと言うほうが無茶な要求。

 いくら王都で暮らしていても、国の第一王子を間近で見る機会もめったにないはずだ。

「ロディアスさま、おかえりなさいませ」

「ああ、ただいま。変わりはないか?」

「はい、問題ございません」

 そわそわとしている使用人たちの先頭で、まったく動揺を見せず立っているのは、この屋敷の筆頭執事・ウィレバだ。
 ひょろりと背が高く、真面目で大人しそうな顔立ちをしている。彼はお茶淹れが及第点のシュバルゴの息子だ。
 ウィレバの一つ上の兄がロディアスの乳兄弟にあたる。

「お客さまは、リュミザ王子殿下ではありませんか?」

「そうだ。……しばらく居座るかもしれない。西の客間を開けてくれ」

 ウィレバはリュミザ自身を認識しているようで、慌てるそぶりもなく問いかけてきた。
 砕けた物言いをしてリュミザを振り返るロディアスに、少々驚いた表情を浮かべたのは一瞬だけだ。すぐさま部屋の手配を指示してくれる。

「ロディー、彼がシュバルゴの?」

「よくわかったな。ウィレバはシュバルゴの末の息子だ。さほど似ていないだろう?」

「いえ、似ていますよ。目元とか仕草とか」

 周囲が荷下ろしなどでバタバタし始めたため、ウィレバの案内でロディアスたちは歓談室へ移動する。途中リュミザに小さな声で問いかけられ、ロディアスは感心した。
 二人が親子だとわからない者が多いからだ。

 シュバルゴは軍人の家系。本人も若い頃は前線に出ており、四人中三人の息子はいまもハンスレットの海軍に所属している。
 末のウィレバは幼い時分、体が弱かったので、よく大公家に預けられていた。

 ロディアスからみれば、四つ下の彼は幼馴染み、弟のような存在でもある。

「へぇ、ロディーと親しいのですね」

 道すがらシュバルゴやウィレバの話をすると、リュミザは興味深そうな表情を浮かべた。

「ロディアスさま、そろそろヘイリーさまがご帰宅なさる時間です」

「そうなのか。あの子に会うのも久しぶりだな。どうだ、しっかりとやっているか」

 歓談室のソファでひと息つけば、頃合いを見計らっていたのか、ウィレバは息子・ヘイリーの帰宅を知らせる。
 現在はこのタウンハウスから学園へ通っているのだ。
 学園には寮もあるのだけれど、こちらのほうがゆっくりと過ごせるだろうと、ロディアスが通いを勧めた。

 寮は自立心を育てるとも言われているが、護衛もそれほど置けない規則がある。
 大事な跡取り息子なので、些細なトラブルに巻き込まれてほしくなかった。

「坊ちゃんは伸びやかに過ごされていますよ。学園の成績も優秀ですし、人柄も秀でているのでご友人も多いようです。なによりロディアスさまに恥じないよう頑張るのだと、いつも言っておられます」

「そうなのか。会うのが楽しみだな。……リュミザ? どうした」

 なぜか隣に腰掛けたリュミザが、急にくんとウェストコートの端っこを引っ張ってくる。
 ウィレバとの話に集中していたロディアスは、驚いて振り向いた。

「単なるヤキモチです。僕もあなたに褒められたかった」

「真面目に学園生活を送っていたのか?」

「……それなりに」

「怪しい返答だな」

 振り向いた先でふて腐れた顔をしていたリュミザは、ロディアスの問いかけに、わずか遠い目をした。
 褒めるまでもなく完璧だったのでは、と想像していたので、意外な反応だ。
 しかし彼は集団行動や協調性という言葉が似合わない気もした。

(人付き合いは得意だが、群れない性格だよな、きっと。お友達と仲良く和気あいあい、なんて姿が想像できない)

「あっ、シュバルゴの味と少し違いますが、彼のお茶もおいしいですね」

(このとおり我が道を行く、自由な性格だし)

 彼の関心はすぐに次々移り変わっていく。天才肌によくある性質だろう。
 その様子は見ていて面白いのだけれど、ロディアスはふっと考えてしまうのだ。

 いま彼は自身を父だと慕っている。しかし気が変わればほかのものと同じように、背を向けて走り出すのではないかと。

(どこか寂しい感じは、拾った猫が気まぐれだった時に似ている)

 お茶の淹れ方についてウィレバと語り合う様子を見ながら、ロディアスはいつもとは少し違う、柔らかい味がするお茶で喉を潤した。

「父上!」

 ウィレバにリュミザがいる経緯などを話しながら、のんびりとくつろいでいると、外の廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
 息を切らせてやって来たのは、黒い艶やかな髪とロディアスと同じ青色の瞳をした少年。

 彼はロディアスを目に留めて、ぱあっと明るい表情を浮かべる。

「おかえりなさい」

「帰ってきたのはお前だろう? おかえり、ヘイリー」

 足早に駆け寄ってきたヘイリーが、勢いのまま抱きついてくるので、ロディアスはぽんぽんと背を叩いてから頭を撫でてやった。

「次に会えるのは冬休みかと思っていたので、うれしいです」

「急な用ができてな」

「王宮から手紙が来たのですよね。……あれ、お隣にいるのは第一王子殿下では」

 ロディアスしか視線に入っていなかったヘイリーも、落ち着くと周囲に気を配れるようになる。
 リュミザに気づき、ぱっと姿勢を正すと恭しく頭を下げた。

「リュミザ王子殿下にご挨拶申し上げます。ヘイリー・ハンスレットです。ご無沙汰をしております」

「…………」

 ヘイリーが丁寧に言葉をかけるが、リュミザは挨拶をされても無言のまま。
 気になったロディアスは視線を隣へ移した。じっとヘイリーを見つめるリュミザの顔から、いつものにこやかな表情がなくなっている。

「ヘイリー、彼と面識があるのか?」

「はい。殿下はご卒業後、魔法学科の講師として、何度も学園に足を運んでくださいました」

「そうなのか」

(魔法省のトップともなれば、魔法の扱いは秀でているだろうな。しかし二人は面識があったのに、ヘイリーが大公家の子だと知らなかったのか? ヘイリーとは四つ学年が違うから、一年ほどしか時期が被っていないとはいえ)

「リュミザ、ヘイリーのことは認識していなかったのか?」

 再びウェストコートを指先で掴まれ、ロディアスはヘイリーに向いていた体を、リュミザのほうへ向け直した。

「大公家の親戚の子だとしか」

「なるほど、学園へはひと言、言っておかなくてはいけないな」

(ヘイリーが養子だからと軽んじる者がいると耳に入っていたが、リュミザにまで誤った情報を伝えるのは見過ごせないな)

「やはり僕も、父上と呼んでもいいですか?」

「……駄目に決まっているだろう。王都内でそんな真似をして見ろ、おかしな憶測が飛び交う」

 今度は袖をぎゅうっと握ってきて、リュミザは上目遣いでおねだりをしてくる。
 幼子のような表情は愛らしいが、王家とのあいだに面倒ごとは起こしたくないのが正直なところ。

「ずるいです。彼はよくて僕が駄目なんて」

「ヘイリーはれっきとした大公家嫡男だ」

「僕だってれっきとしたあなたの息子です!」

「……あのう、話が見えないのですが」

 ロディアスとリュミザが押し問答をしていると、申し訳なさそうな顔でヘイリーが言葉を挟んだ。

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