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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第16話 精霊族の恋物語

 リュミザが案内してくれた場所は貴族街と下町の境目。
 随分よい場所だ、とロディアスは思ったけれど、支援しているのが彼ならば当たり前だろうか。

 飾らない雰囲気の建物内には、地位や性別、年齢など関係なく人が集まっている。
 来場する旨はあらかじめ伝えられていたらしく、支配人がうれしそうにリュミザを迎え出た。

 柔和な顔立ちと穏やかな話し方。品がいい老紳士だ。信頼の置けそうな眼差しをしている。
 ともにいるロディアスに対しても、物腰柔らかい対応だった。

「リー、今日の演目は?」

「精霊族のお話です」

「へぇ」

 彼の通称で呼びかけたら、リュミザは笑みを浮かべて紙を一枚、ロディアスに手渡す。
 そこには〝精霊族の涙〟というタイトルが綴られていた。

「初めて聞く言葉だ」

「でしたら楽しめそうですね。行きましょう。二階席です」

 小規模ながら二階席まである演劇場。
 平民も気軽に立ち入れる場所だけれど、やはり貴族の上客も多いに違いない。

 一番よい席、なので当然かもしれないが、腰を下ろした座面は貴族街の劇場に引けを取らない品質。
 話を聞けば、以前はもっと下町の奥にあったのだとか。

「リーが出資して建てたのか。ならば劣らないわけだな」

「僕は人に夢を与える職業が好きなんです。このあいだの洋服店も支援しているんですよ」

「なるほど、公爵ではなくあんたか。どうりで誰も気にしないはずだ」

 ドレスを仕上げる者たちや、着付ける者たちはどうしているのかと、ロディアスはいささか疑問だったのだ。
 謎が解けて納得する面と、誰よりも王族らしい行動をしているのは彼だけではと思えた。

 王都へ来てから新聞を読む習慣ができたロディアスは、いままで気にかけていなかった部分へ目が向くようになった。
 いまの王宮は金の工面をしても、下々の者へ視線を向けていない印象がある。

(彼らの下にいる者たちだけがあくせく働いている。小さな王子たちはともかく、誰もが自分のことだけだ)

 雑貨屋に品を卸しているのも、アウローラがルディルの関心を引きたいがゆえ。
 そもそも彼女は目くらましだ。

 店で取り引きされている〝恋の秘薬〟が問題になった場合、最初に彼女を矢面に立たせる。そして緩衝材の役割をさせるつもりだろう。

「ロディー、始まりますよ」

「ああ、すまない」

 考えに耽っているうちに、場内の明かりが落とされていた。
 隣のソファに座る、リュミザに袖を引かれてロディアスは前を向く。

 しばらくして舞台が海のような青い光に包まれていき、すぐにその世界に没頭する。

 物語は簡潔でとてもわかりやすい。人族の男性が精霊族の女性に恋をし、添い遂げるというもの。
 けれど中身は興味深かった。

 精霊族の長が人族の男性に試練を与える。精霊鳥に会い、幻の涙を得てくるようにと。
 いまではおとぎ話でしか聞いた覚えがない精霊鳥だが、遙か昔は空を飛び交っていたのだという。

 鳥のは高い山脈の一角、ホゥイ山――麓に神族の治める聖王国がある。
 山の頂には雪が降り積もり、登山をするにも険しい場所だ。

 男性は精霊族の恋人と添い遂げたい一心で試練に挑み、山のように大きな体をした精霊鳥に願い請う。
 精霊鳥はボロボロになりながらも、たどり着いた男性に心を打たれて、涙を一つ落とした。

(これは初代レイオンテール国王の逸話か。国王が精霊族を伴侶に迎えたという、昔語りを元にしているのかもしれないな)

 しかしなぜいまと昔で試練が異なるのだろうかと、ロディアスは疑問に感じる。
 現在は試練ではなく契約。契約を破った者が咎人となる。

 どちらも人族の人間に大きな負担があるのは確かだけれど。
 前者は頂へ着く前に命を落とす可能性があるが、一度の試練。後者は契約を結ぶために、自身の命を賭けるゆえ永続的で、心移りをすれば失う代償が大きい。

(精霊族の長寿にあやかろうと、試練に挑む者が増えたのだろうか?)

 聖王国がホゥイ山の麓にある、というのも気になる。
 神族が空から地上に降りてきた理由に、関係があるのかもしれない。もしかしたら精霊族は神族の眷属だったのではと、推測もできる。

 欲深い人間に眷属の命を預けないよう、降りてきた――など。

 試練を乗り越えた男性は無事に恋人の元へと帰り、彼女の魔力を注いだ精霊鳥の涙を飲み干す。
 そうして二人は伴侶となり、子孫が育ったのちに空へと渡っていった。

(ふむ、やはり神族と精霊族は関わりがあるんだな)

 幕が閉じられる前に語られた一節、空へ回帰するという言葉にロディアスは納得する。
 いまは各地に散らばって暮らしているが、精霊族は元々空に住んでいたのだ。

 もしかしたら祖となる一族は、神族、精霊族ともにまだ空にいるのかもしれない。

「真剣に観ていましたね。面白かったですか?」

「ああ、興味深かった。いまいる精霊族と神族は、人と交わった者たちなのか?」

 幕が下りて場内に明かりが灯される。
 階下の者たちが続々と出口へ向かうのを横目に、ロディアスはリュミザに訊ねてみた。

 するとぱあっと表情を明るくして彼が抱きついてくる。

「ロディーは頭がよいですね。そうです。地上に愛しきものができて、根を下ろした者たちです。いまは人族と思っている人たちも、遡れば祖先に精霊が、神族が、なんてこともありえます」

「今日この舞台を選んだのは、精霊鳥の涙、その可能性を感じてだな」

 お気に入りの劇団の公演をと言うのは建前で、ロディアスに将来の可能性を示唆した。
 そう思い、リュミザの顔を見ると、満足そうに微笑んでいる。

「僕のロディーはどうしてこんなに賢いんでしょう。ヘイリーの賢さはロディー譲りですね」

「そうだな」

 本当の親子でもないのに、などと野暮なことは言わず、ロディアスは抱きついているリュミザに苦笑だけを返した。

「と言っても、精霊鳥なんておとぎ話になって久しいぞ」

「いまは山に入るのも聖王国の許可が必要ですからね」

「やはり数が少なくなっているのか」

「精霊族は惚れっぽいので、純粋な愛ばかりではなかったのかもしれませんね」

 恋した相手が心の綺麗な人間であるとは限らない。
 山へ入ってきた人族に狩られた精霊鳥もいるのだろう。

「確かに惚れっぽいな」

 間近で見て感じたロディアスはため息交じりに呟いた。
 アウローラも惚れっぽかったのだ。
 彼女が熱心にロディアスへアプローチをしてきて、愛らしく美しい彼女にほだされた。

 そしてぎゅうぎゅうといまロディアスを抱きしめている、リュミザもだ。

「で、どうしようと言うんだ? 精霊鳥」

「ここだけの話ですが、裏の競売に品目として挙がっているようなんです」

「大きいのだろう?」

「もちろん成鳥は無理ですけど。子どもの精霊鳥です。山を自分から出てしまったらしく。精霊鳥は自分の子どもをとても愛するので、親鳥がいつ飛び立つかわかりません。捜索願いが聖王国から来ているんです」

「魔法局に来ているのか。それで今回の、一連の捜査なんだな」

「そうなんです。次は遊戯場で、競売の招待状を手に入れる予定です」

 雑貨屋で売られている〝恋の秘薬〟が、精霊の涙でできている。可能性としては大いにありそうだ。

 そして前回の舞踏会で、裏競売の詳しい情報を得て、次は遊戯場――どう考えても王子であるリュミザがすることではない。
 呆れてため息をつくと、胸元に抱きついていたリュミザが顔を上げた。

「王家の諜報は形ばかり王族にこうべを垂れています。でも長は叔父上についているので、僕だけが働いているわけではありませんよ。優しいロディー」

 ふふっと小さく笑ったリュミザは、ふいに首を伸ばし、ロディアスの顎に口づけてくる。
 驚いて身を引こうにも、体を拘束――もとい、抱きしめられているのだったと、ロディアスは再び息をついた。

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