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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第6話 ハンスレット家の兄弟

 ウィレバには詳細を伝えたが、ヘイリーにどこまで話すべきか悩む。
 十五歳の少年に、ドロドロとした大人の事情を伝えてよいものなのか。

 ロディアスは向かいのソファで、自身を窺うように見つめている息子に、苦い笑いが浮かべる。

「リュミザ殿下が、父上の息子というのは本当ですか?」

「いや、厳密に言えば血の繋がりのない間柄だ」

「でも殿下はそう思っていないようですよ」

「それは、だな」

 隣に座っていたリュミザは、先ほどからロディアスの腕にぎゅっと、しがみつき体をくっつけている。
 まるでロディアスは自分のものだと、ヘイリーに牽制しているかのようでもある。

 ちらりと隣へ視線を向けてみれば、リュミザは口を閉ざしてロディアスの腕に顔を寄せた。

「学園で、噂を聞いたことがあります。殿下は陛下の子ではなくて、大公の子じゃないかって。結構昔から学園内で囁かれている噂らしいです」

「そんな噂があるのか?」

「……はい、大人が色々と憶測でものを言っていたようです」

「ろくでもないな」

 ヘイリーの言葉を聞いて、ロディアスの口からため息がこぼれ出た。
 子どもたちが多感な時期を過ごす学園で、そのような話題が上るのは好ましくない。

(だからヘイリーを嫡男として扱わない愚か者がいるのだな。だとするとリュミザも同じような噂を聞いてきたはず)

「大公家は元々王家と繋がりがあるから、髪や瞳の色が先祖返り、とかで現れるんじゃないかなど」

「確かに俺の父は淡い金髪だったが、都合のいい展開はそうあるものじゃない。はあ、詳しく話そう。なぜそんな噂話が横行するのか」

 説明するまでもなく、薄々知っていそうな気もしたけれど、ロディアスは自身の口から話すのが一番よいだろうと思えた。
 ことの発端、自身と王妃アウローラとの関係、二十年前の出来事、リュミザの言葉の意味。

 それらを丁寧に、言葉を砕きながら誤解のないように説明していった。

「それでは殿下の言い分も、あながち間違いではないのですね」

 ヘイリーも頭がよい子だ。かみ砕いて伝えたらすぐに理解した様子。

「間違いではないかもしれないが、正しくはない。魂の核はいずれ消える可能性も高いからな」

「殿下は人並み外れた力をお持ちですから、人族の器に、完全に交わるというのはイマイチ想像がつきません」

「ふぅん、そんなに手放しで褒めるほどすごかったのか」

 いまべったりと腕にくっついているリュミザは、ただの甘えん坊の子どものようなのに――とロディアスは苦笑した。

「ロディーは僕という存在に、まったく興味がなかったんですね」

「ん? あー、正直な話。俺はあんたには会いたくなかったしな。古傷を抉られるようで」

「ロディーは本当に、一途に相手を思える人だ。羨ましいな――」

 僕も愛されたかった――小さく呟かれた言葉は、ロディアスでもようやく聞き取れる程度のかすかな囁きだった。

(リュミザが生まれて、二番目が生まれるまで五年近くかかったんだったか)

 アウローラが精霊族であった事実は誰もが知っている。
 始祖に続き、精霊族を伴侶に迎えたルディルは脚光を浴びた。
 リュミザが生まれた時も国中で祝いの雰囲気が長く続いたほどだ。

(思えば二番目が生まれるまでルディルは荒れていた様子だった。戦で無茶な指示を飛ばしたり、民が戸惑うような施策をあげたり。先ほどの噂が囁かれ始めていたのだろうな)

 そのとばっちりを受けただろうリュミザは、親からの愛を知らないのかもしれない。
 見た目はもう大人なのに、時折小さな子どものように思え、ロディアスは腕に抱きつくリュミザの頭を無意識に撫でた。

「事情は飲み込めました、けど。父上は私の父上でもあるんです! 殿下が独り占めするのはずるいです! 私だって久しぶりに会ったのに」

「ヘイリー?」

 いつも聞き分けのいい息子が、珍しく頬を膨らませて文句を言う。
 驚きで目を瞬かせるロディアスをよそに、すくっと立ち上がったヘイリーは、足早に近づいてきてリュミザの反対側に腰を下ろした。

「君はいままで存分に、ロディーから大事にされてきたのだろう!」

「それはそれ、これはこれ、です! この先も私の大事な父上です!」

「お前たち、そんなに張り合わなくてもいいだろう」

 両方の腕を抱き込まれて、ロディアスは身動きが取れなくなる。
 けれど二人は負けじと睨み合い、離れる様子を見せない。

「まったく大きななりをして、二人とも。世話の焼ける息子たちだな」

 振り払う理由もないので、ロディアスは諦めてソファの背もたれへ体を預けた。
 まさか結婚もしていないのに、子どもが二人に増えるとは思わなかったと、苦笑が滲む。
 とはいえ悪い気分ではない。

 二人の可愛い牽制のし合いを眺めながら、ロディアスはあくびを噛みしめた。

「ロディアスさま、いつものケーキが焼けたようです」

「ん、そうか。リュミザも問題なく食べられる。基本好き嫌いは俺と一緒と思ってくれていい」

 そっと声をかけてきたウィレバに、リュミザの好みを伝えれば、彼は納得がいったように頷く。
 思いがけない反応をされ、ロディアスが首を傾げてみせると――

「殿下はロディアスさまの片割れのような存在ですね、きっと。血肉を分けた親子よりもお互いが近しいのでは」

「……根本となる性質が俺からできているってわけか?」

「はい、なので好むものが似ているのですよ」

「ふぅん、それは考えつかなかったな」

 ロディアスが左側へ視線を落とすと、腕に抱きついていたリュミザのまつげがゆらゆらしている。
 長い時間、馬車や宿で彼と一緒に過ごしたけれど、あまり眠っているところを見なかった。
 さすがに疲れがでたのだろう。

(半精霊と言っても器は人の子だからな。疲れて当然か)

 次第にまぶたが閉じられ、すうすうと寝息が聞こえ始める。
 リュミザが眠ったと気づいたヘイリーは、ロディアスからゆっくりと離れて、物音を立てぬよう彼の寝顔を覗く。

「眠っていると神秘的な雰囲気が増しますね」

「口を開けば人間味が溢れている分、余計にな」

「父上の前ではよくお話になるんですか? 殿下はとても寡黙で、必要最低限なことしか、口を開かない印象でした」

「俺の前と普段ではだいぶ印象が違うようだな」

「父上に見せる姿が、きっと殿下の本当のお姿ですよ」

 先ほどまで、リュミザと子どもみたいなやりとりをしていたヘイリーだが、もしかしたら〝王子殿下〟に憧れを持っていたのかもしれない。
 印象が崩れて、がっかりとしていないだろうかと気にかかるけれど、優しい目でリュミザを見ている様子から杞憂だとわかる。

「そうだ。ウィレバ、皆に伝えておいてくれ。リュミザは〝王子殿下〟として扱われるのは好まない。声をかけるときは名を呼んでやってほしい」

「かしこまりました。皆にしかと言い伝えておきます」

 恭しく礼を執ったウィレバはさっそくと談話室を出て行った。

「では私はなんと呼べばよいでしょう」

「兄さまとでも呼んでやれ」

 やりとりを聞いていたヘイリーが首を傾げるので、ロディアスはリュミザが驚きそうな提案をしてやった。

「ふふっ、兄ができてうれしいです」

「そうか、なんだかんだと言っていたが、リュミザも喜ぶだろう」

「だったらよいのですが」

 本当にヘイリーは素直なよい子だ。
 はにかんで笑った顔を見て、ロディアスはしみじみ思う。彼は五歳になったばかりの頃、親から離れ大公家にきた。

 広い屋敷に見知らぬ者たち。
 泣いて我がままを言ってもいいくらいなのに、当時からやけに聡い子だった。
 すぐにロディアスを父と呼んでくれ、遠慮せずにしっかりと甘えてもくれた。

 優しく頭を撫でてやると、ヘイリーはますます表情をほころばせて笑う。

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