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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第4話 王都への道のり

 かすかな揺れを感じる馬車の中、ロディアスはあくびを噛みしめた。
 多少の距離ならば馬で移動するのだが、王都までの道のりは遠い。
 今回はリュミザがいるので、彼の相手をしなくてはならなかった。

 のだが――リュミザは先ほどから外の世界に夢中だ。
 王都までの道のりは海沿いの道が多い。
 少し前、外の景色が変わったところだった。

「そんなに外を眺めていて飽きないか?」

「飽きません。僕は海を見るのが好きなのです。あのまま本当に、ハンスレットで過ごしたいくらいでした。あそこの海は格別に美しい」

 ロディアスの向かい側で窓の外を眺めているリュミザは、海を見つめながら微笑んだ。
 彼の綺麗な若葉色の瞳は、日の光を受けてキラキラと輝いて見える。
 屋敷にいるあいだも散歩だと、よく海岸へ出かけていった。

 よほど好きなのだろうなと思っていたけれど、目の当たりにすると余計に感じる。

(王家は水の精霊と縁があったらしいし、アウローラもそうだ。だから海が好きなんだろうか)

 海を恋い焦がれるような眼差しで見ているリュミザは、いつか海に還っていくのでは、と思えた。
 精霊族と人族の子が、本物の精霊になったという逸話は聞いたことがないけれど。

(見た目が神々しすぎるから、そう思えるのかな。俺にはちょっと眩しすぎるが)

 正装をしていないため、リュミザは簡素なシャツにズボンというありふれた格好。
 だと言うのに品のある王子さまという印象が強い。
 加えてサラサラとしたリュミザの金糸の髪は、まばゆいほど色が鮮やかだ。

 これまでは背に流していたけれど、いまは乱れぬよう編み込んである。
 気をつけねばするりと指を通り抜けてしまうくらいに柔らかく、艶やかな髪だった。
 ロディアスは彼の髪を編むのに一苦労した。

 だが髪を結えと言ったのは自身だったので、やらないわけにはいかなかったのだ。

「どうかしましたか?」

「いや、苦労が報われたと思っただけだ」

 ロディアスの視線が、ずっと自分に向けられていると気づいたらしいリュミザは、ふと自身の髪へ目を向けニコッと笑う。

「ありがとうございます。僕は髪を編むという器用さがないので」

「少しはそちらの器用さも身につけろ。せっかく綺麗なのに、無造作ではもったいない」

「この髪は、あまり好きではなかったのですが、ロディーがそう言ってくれるなら、身につけます」

「……好きじゃないのは、王家の色だからか?」

「あの男に似ている部分が一つでもあるのが嫌なんですよね。本当は切りたいのですが、髪にも魔力が宿るようなので」

 編まれた自身の髪の毛を指先でいじりながら、リュミザは独り言のような声音で呟く。

(相容れないと言っていたが、本当にルディルと相性が悪いのか。まあ、あいつは性格がよくないしな)

 前国王の第一子ではあるが、ひと癖も、ふた癖もある陰湿な男がよく王位に就けたものだと、不敬ながら当時のロディアスは思っていた。
 いまから十年ほど前の話だろうか。

(他人を敬い感謝することを知らない男だ。国の行く末が不安で仕方なかったと、民はいまでも口にする)

 前国王から譲位され、王位に就いたルディルは戦ばかり起こし、そのたびロディアスは軍を率いた。
 五年ほど前に退役するまで何度、前線に立ったか。

(迷惑な話だ。もっとまともな人間が上に立つべきなんだが)

 彼には一つ下の弟がおり、そちらはかなり優秀だと聞いた覚えがある。
 ロディアスは遠目に見た程度で面識はないけれど、真っ当な判断をするならそちらだと、言っていた者も多い。

(そうだった。王家は正しい判断のできない人物が多かったんだ。前王もあまりよい評判ではなかった)

「王家の人間は愚か者が残る、と囁かれているようですが、僕もそのとおりだと思います」

「…………」

 一瞬、心を読まれたのかと、ロディアスはぎくりとした。
 しかしリュミザの視線はまた窓の外へ向けられている。
 独り言の延長だったのかもしれない。

「聡い人間は自ら王家を去るようです。知っていますか? 初代大公閣下は無駄な争いを避けるため、自身で前線を選び、弟に王位を譲ったそうです。身内の尻拭いをしてやろうなんて、心の広い方ですよね」

 ふっと、少々重たい息を吐いたリュミザの瞳がこちらを向いた。

「リュミザは博識だな。初代のそんな話、俺は聞いた覚えがなかった」

「リオ叔父上が教えてくれました」

「……リオ。ああ、カルドラ公爵か」

 聞きなじみのない愛称にピンと来なかったが、叔父というひと言でロディアスは理解できた。
 ルディルの弟であるペリオーニ・カルドラ公爵のことだ。

「公爵と親交が深いのか?」

「ええ、僕はいま、叔父上の後を引き継いで魔法省を管理しているんです」

「へぇ……って、リュミザは魔法省のトップだったのか?」

「ふふっ、そうなんです」

 世間話みたいな流れで聞かされて、ロディアスの声がわずかにひっくり返る。
 魔法省とは各国にあり、魔法に関するすべてを取り扱う機関だ。
 神族しんぞくが治める国、聖王国が統括をしている、国と切り離された特別な組織でもある。

 この世界で魔法を扱うすべての者は、魔法省に申請をし規則に従わなくてはいけない。
 魔法による戦が制限されたのは、魔法省という機関が発足したおかげだと言われている。

 大昔は常にあちこちで戦が起きていた。
 力を持たない小国はどんどんと大国に飲まれて、奴隷制度も蔓延はびこっていたと聞く。

「笑いごとじゃないぞ。そんな大役を任されていながら、ひと月以上も席を空けるなんて」

「大丈夫です。ハンスレットへ行ってくると言ったら、叔父上が代わりに見てくれると言ったので」

「ふぅん、本当に親しくしているんだな」

「はい」

(王家で誰も周りに人がいないのかと少し気にかかっていたが、目を掛けてくれる人がいたのならよかった)

 最初は会いたくなかったと思っていたのに、なんだかんだと数日一緒にいて、情が移ってきたようだ。
 自然とリュミザを心配している自身にロディアスは気づいた。
 彼も感じ取ったのか、うれしそうに表情をほころばせて笑う。

「ロディー、ありがとうございます」

「ああ」

 たやすく感情を見透かされ、落ち着かない気持ちになったロディアスだが、ちょうどよく御者台からノックの音が聞こえた。

「どうした?」

「もう少しで町の近くを通ります。食事されますか?」

「休憩にはいい時間だろう。そうする」

「かしこまりました」

「あっ、ここは行きも通りました。ロディー! おいしい魚料理が食べられますよ」

 馬車の窓を開き、身を乗り出したリュミザが声を弾ませた。
 時折子どもみたいにはしゃぐ彼を見ていると、ロディアスは心が和んだ。
 けれど走行中に顔を出すのはさすがに危ないと、たしなめることも忘れない。

 外で馬を走らせている護衛たちも驚いた表情を浮かべていた。

(リュミザが来てから、いい意味で活気がでてきたな)

 年若い青年がいるだけで賑やかだ。
 養子として引き取った息子は、学園に通うため王都へ行ってしまい、めったに帰ってこない。
 今回の王都入りで一年ぶりくらいに顔を合わせる。

(リュミザとヘイリーは面識があるのだろうか。この様子だとタウンハウスまで一緒だ。王子殿下を見てあの子が驚かないといいが)

 過去の未練が残ったままで結婚ができなかったロディアスは、大公家に迎え入れたヘイリーを本当の子と思い、可愛がってきた。
 彼も懐いてくれていい関係を築いてきたが――

(大丈夫だろうか)

 ロディアスを父と慕うリュミザとヘイリー。
 なんだか二人の顔合わせがいまから心配になってきた。

 リュミザともようやく、ほどよい距離感で付き合えるようになってきたというのに。
 無駄な心配であることを祈りつつ、ロディアスは再びあくびを噛みしめた。

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