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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第12話 精霊族の求愛

 書庫でロディアスが読書に耽っていると、急にリーンと甲高いベルの音が響く。
 音の発生源は備え付けの呼び出しベルだ。上階と連絡が取れる魔法道具。一見すると持ち手のついた普通のベルだが――

 書記具の傍に置かれていたベルの元まで行き、ロディアスがそれを取り上げると、ウィレバの声が聞こえてきた。

『ロディアスさま、リュミザさまがいらっしゃいました』

「すぐ行く。本はこのままでも?」

『問題ありません』

「わかった」

 読みかけの本にしおりを挟み、ロディアスは地下書庫を出る。スペアキーを預かっているので、施錠も忘れずに。
 読書で凝り固まった体を伸ばしながら、ロディアスが屋敷の二階にある執務室へ入れば、途端に駆け寄ってきた者に抱きつかれる。

「ロディー! 会いたかったです! あなたに会えない日は心が寂しくてたまらなかった」

「……たかだか二日だろう」

 ぎゅうぎゅうとロディアスに抱きついているのは、二日ほど前に王宮へ帰ったリュミザだ。
 まるで数年ぶりに会ったかのような反応だけれど、一度恋に落ちた精霊族は得てしてこういう性質だ。

 なぜ精霊族とのあいだで誓約が行われるか。その一番の原因はここにあるとも言える。
 一途ゆえに、心変わりをしたら絶対に許さない、という戒めでもあるのだ。

 だからこそ咎人の代償は相手側にのみ課せられる。

「寂しかったのはわかったから、いったん離れろ」

 読書でかすんだ目を整えるよう、ロディアスが眉間を揉むと、ぱっと離れたリュミザは鳥の雛みたいに後ろをついてくる。

「別の場所で仕事でもしていたんですか?」

「少し調べ物をしていただけだ」

「そうですか。お疲れみたいですね」

 体を投げ出し執務椅子に座ったら、今度は背後からリュミザが肩を揉んできた。ちょうどいい力加減に、ロディアスもつい受け入れる体勢になる。

「こういうときは目元を温めるといいのですよ」

「ふぅん」

「ちょっとだけ上を向いてください」

 肩の凝りをほぐされ、されるがままに上を向くと、リュミザの手がロディアスの目元に当てられた。
 普段はロディアスよりひんやりとしているのに、いまはふわりとした温かなぬくもりが伝わってくる。

「風魔法だな。気持ちがいい」

 暖かな空気が目元の疲れを和らげていき、ロディアスはほっと息をつく。

「そういえばリュミザ、あんたの属性は?」

「僕は無属性です」

「そんなことがありえるのか?」

「すごく珍しいみたいですね。叔父上も最初、驚いていました。苦手な属性もありますけど、大抵の魔法は扱えます」

(属性がない。リュミザは魔力持ちだし、固定の属性を持たないならある意味、全属性と言ってもいい。まるで書物の中の神族みたいだな)

 先ほど読んだ文献に、神族はかつて天空で暮らしていた、という一文があった。
 遙か昔は神族・精霊族・獣人族・人族と序列化されていたとか。人族は神族が創り出した生き物であるともあった。

 精霊族について調べていたけれど、神族は近しい存在なため、なにかと対比のように語られる。
 どの一族よりも崇高な存在で、ことわりに縛られることがない万物の創造主。

「あんたは本当に精霊族なのか?」

「僕も疑問に思った時期がありましたが、僕の魂は間違いなく精霊族のものだと、叔父上が言っていました」

「判別ができるなんて、カルドラ公爵は随分と目がいいんだな」

「あの人はどこか少し特別ですし」

「ふぅん」

 長い指が目元を優しく揉んでくれ、気分がよいのに、わずかばかりロディアスはもやっとした気持ちになった。
 するとそれをいち早く察したリュミザが、ふふっとうれしそうな笑い声を漏らす。

「ロディー、叔父上に嫉妬ですか? 可愛いです」

「別、に――っ」

 とっさに反論しようとしたけれど、リュミザの両手に頭を抑えられ、ロディアスは起き上がれない。
 慌てて身じろぎしているあいだに、彼は身を屈めて、無防備な額に口づけを落としてきた。

「精霊族がどの一族よりも一途なのは知っていますよね?」

「執着が強いとも言えるがな」

「確かに、そうとも言います」

 伴侶の絆で言えば獣人族のほうが一途で献身的。それをわかっているのだろうリュミザは、反論することなくにこにこと笑みを浮かべた。

「僕はずっとロディーだけを愛しますからね」

「ウィレバ、茶請けを用意してくれ」

 首元に腕を絡めて、ロディアスを抱きしめるリュミザはわざとらしく、チュッと音を立てて頬に口づける。
 その様子を苦笑いして見ていたウィレバに、ロディアスが声をかければ、心得たように彼は部屋を辞した。

「リュミザ、なにかわかったか?」

「ロディーは僕の愛情をあからさまに素通りしすぎです。……そうですね。母の行動の経緯はわかりました」

 さっさと話を切り替えたロディアスにふて腐れた顔をするリュミザだが、いつまでも駄々をこねないところは大人だ。
 手近の椅子を引き寄せて腰掛けると、すぐに話を続ける。

「どうやらあの男の口利きで、王宮に出入りしている商人がいるらしく、慈善事業の一環として品を卸しているようです」

「なるほど、ルディルのお願いならばなんでも聞くだろうな、いまの彼女は」

「母はあの男を自分の運命と思い込んでいますからね。ふん、僕なら絶対に惑わされません」

「なにをそこで張り合っているんだ。まったく。それで、秘薬の製造に彼女は関わっているのか?」

 ツンと口を尖らせたリュミザの様子に、ロディアスは苦笑しつつも飴を与える。
 編んで胸元に垂らした彼の髪をそっと手に取り、優しく口づければ、尖っていた口先がすぐさまほどけていく。

「精霊を手玉にとるのが上手ですね」

「慣れているからな」

「……ロディーは、ずるい人だ。いまのところそれ以上、関わっていません。前回、雑貨屋に顔を出したのも慈善訪問のようなものです。なのでもうあの女性ひとのことは考えないでほしいです!」

「そうしよう。だがしかし、となるとせっかくの調査が振り出しに戻るな。公爵の見解は?」

「もしかしたら僕たちが来たのに勘づき、視線をずらされたのではと」

(なるほど。アウローラが雑貨屋に来たのは、確かにちょうどよすぎた。とすればリュミザもしくは、ヘイリーの顔を認知している人物が関わっている)

 応対した雑貨屋の店員か。ほかにも遠目に見ていたティーラウンジの店員、という可能性もある。
 さらに深読みすれば、御者や馬車で素性が知られていた場合もありうるだろう。

「もう少し慎重に動くべきだったな」

「ロディーが気に病む必要はありません。僕が浮かれて警戒を怠ったせいです」

 ロディアスが机を指先でトントンと叩いていたら、そっとリュミザの手が重なる。
 そのぬくもりに気づいて、視線を動かしたロディアスはまっすぐな若葉色の瞳を見つめ返す。

「次は、なにをするんだ?」

「……次は、舞踏会に潜入します」

 視線を外さないロディアスに根負けしたリュミザは、肩をすくめ、計画の一部を教えてくれた。
 カルドラ公爵の次の指示は、仮面舞踏会で情報を集めるというもの。

 ひと月後に開催される予定の、王家主催の仮面舞踏会だ。
 主催が国なので老若男女、気兼ねなく参加できる。年に二度ほど行われる舞踏会。

「多種多様な人物が集まるらしいから、確かに情報収集にもってこいだな」

「ロディーは参加したことがないのですね」

「ないな。特別惹かれるものもない」

「じゃあ、ロディーに似合う仮面を用意しますね」

「今回はなにもしなくていいと言わないんだな」

 リュミザの瞳が楽しみを見つけたみたいに煌めく。
 そんな様子に息をつき、ロディアスはようやく呼び鈴に手を伸ばした。

 リーンと甲高い音が響いてからしばらく、やってきたウィレバが茶請けのケーキと、ティーセットをテーブルに並べてくれる。
 午後の日差しが差し込む執務室で、リュミザと向かい合い、茶を飲むのも随分としっくりくるようになった。

 優しい味のお茶を口に含みながら、ロディアスはゆるりと息をついた。

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