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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第22話 微睡む朝に

 馬車で眠ったあとの記憶がない。
 随分と深い眠りだった気がして、ロディアスは重たいまぶたを持ち上げる。
 着いたら起こしてくれと言ったはずなのに――なぜか柔らかなベッドの上。

 そして自身を抱き込んで眠っている美しい精霊。
 長い金糸の髪が枕に散って、さらりと滑るたびによい音が響きそうに思えた。

「なんであんたが」

 思わずぽつりとロディアスが呟けば、リュミザは「ううん」と小さく唸る。
 しかし起きる様子がないので、ロディアスは仕方なく彼の肩を揺すった。

「ロディー? ……起きたんですか? 昨日はお疲れだったみたいですね。もう少し寝ていてもいい時間ですよ」

「いや、起きる。離してくれ」

 もぞもぞと動き、返事をしてくるものの、離れるどころかより一層ロディアスを抱き込む両腕。
 力を入れれば離れるだろうが、寝ぼけているリュミザを無下に扱うのも忍びない。

「いまは何刻だ?」

 室内はカーテンで閉め切られ、光がほとんど差し込んでいなかった。
 ゆえにはっきりとした時刻がわからないのだ。
 しかし時計を確認しようにも身動きが取れず、今度は肩を叩き、ロディアスはリュミザを促した。

「先ほど朝食の時間でした」

「あんたは食べたのか?」

「ロディーがまだなのに食べられません。昨日の夜も食べてないのに」

 この様子だと昨夜、ロディアスをここへ運んだのはリュミザだろう。
 腕力はないけれど、魔法を使えば大人一人なんとでもなる。

 ロディアスが一向に起きないものだから、きっとそのまま隣へ潜り込んでいまに至る、だ。

「だったらなおさら起きろ、俺は腹が減った」

 もう少し眠っていたい気持ちがあっても、体の訴える食欲には敵わないのだ。
 ロディアスは睡眠欲よりも食欲のほうが強い。

「今日はベッドの上でだらだらしましょう?」

「あんた、休みなのか?」

「はい、昨日は十分働いたので」

 無意識か、リュミザの眉間にしわが寄り、どことなく幼い表情になる。
 目元にかかる前髪が邪魔くさそうなので、ロディアスが指先でかき上げてやれば、彼はふふっと小さく笑った。

「昨日は、アウローラと保護施設の視察だったか。戦が終わってまださほど経っていない。支援の必要な子どもたちが多いのだろう?」

「そうですね。でも物理的な支援も必要ですが、心のいたわりがもっと必要でしょう。その点、母はよい看板です」

「こら、リュミザ。わざとそういう言い方をするな」

「あなたの口から母の名前が出るのは嫌なのです」

「困ったやつだ」

 拗ねて胸元に顔を埋めてくるリュミザに、ロディアスは苦笑する。それでもいじらしい嫉妬が可愛らしい。

(看板か。確かに精霊族であった彼女は、人族よりも崇高な存在だ。心の拠り所になるだろう。癒やし手でもあったしな)

 リュミザの髪を撫でながら、ロディアスはぼんやりとアウローラを思い起こす。
 以前は忘れようと蓋をしていたけれど、いまとなれば本当に過去の話だと思える。

 それはすべてこの美しい精霊のおかげだろう。
 リュミザは精霊族であったアウローラよりも、澄んだ優しい魔力を持っている。こうして触れているだけで、心が安らぐのだ。

 半精霊のはずなのに、ここまで魔力が強いのはなぜなのか、少々疑問に感じるが。

「リュミザ、そろそろ起きて離れてくれ。腹の虫が鳴きそうだ」

「ふふっ、可愛いですね」

 想いを寄せ合う二人が寄り添いベッドでたわむれているのに、なんと健全なことか。
 二人してくすくすと笑い、ゆるりと身を起こした。

「ロディー、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「触れてもいいですか?」

「好きにしろ」

「男らしい発言ですけど、僕以外には言わないでくださいね」

 ふっと困ったように笑い、リュミザは優しく唇を触れ合わせてくる。
 そういえばすでに丸裸になる発言をしたばかりだ、とロディアスは返事をしかねた。

 何度か触れ合うだけの口づけを交わし、最後に両腕でお互いを抱きしめる。
 胸元でトクトクと響き合う音が、ひどく心地良かった。

「昨日の話は食事のあとにしよう」

「無粋な話は後日ライックから聞くので、二人の時間を大事にしませんか?」

「なるほど。俺は繊細さが足りないようだな」

 リュミザの提案に感心する。仕事を優先してばかりな考え方は、甘い駆け引きには向かないらしい。
 では存分にのんびり過ごそうと、ウィレバを呼び、朝食とベッドメイクを頼む。

 そのあいだにロディアスは軽く湯浴みを済ませて、身支度を調えた。

「一日ベッドでだらだらか。食事もそことは思わなかったな」

 寝室でリュミザが待っているというので行ってみれば、ベッドカバーを掛けた上に寝転がった彼がいた。
 さらには小さなテーブルに載せられたパンや果物、お茶などの朝食も用意されている。

「究極のだらだら、怠惰に過ごしましょう。ロディーはこちらへ来てから休む暇がなかったと聞きました」

「そうだな。なにかと誘いが多かったからな」

 リュミザにならってベッドに乗り上がり、ロディアスはおもむろにパンを口に運ぶ。その様子を見ていた彼も、果物をつまみながらゆるりと身を起こした。

「僕が見た印象から推測すると、王都よりハンスレット領のほうが栄えています。懇意になりたいと思って当然ですね」

「近年、流通が増えたからな。ふむ、それが気に入らなくて俺を呼び出したんだな」

「僕じゃなく、自身の正しい血統を王太子に据える。ロディーに自分の権力を見せつけたかったんです。子どものように浅はかな男ですよね」

「あんたは王位に興味がないんだろ?」

「ないですよ。面倒くさいじゃないですか」

 心底言葉のとおり面倒くさそうに、髪をかき上げたリュミザが、胡座をかいて座る。
 長い髪が無造作にサラサラとこぼれる様子は、美しい容姿に相まって魅力的だ。

 とはいえ本人はうっとうしそうにしている。ならばとロディアスはサイドテーブルから細い櫛をとり、器用に彼の髪を巻いて止めた。

「ロディーは長い髪を扱うのが得意ですね」

「変な嫉妬はするなよ。俺の母にしてやったんだ。ふわふわとした綺麗な赤髪で、幼い頃から触れるのが好きでな」

「それで僕のまっすぐな髪は扱うのが難しいと言っていたんですね」

「そういうことだ」

 すっきりとした髪型に満足したのか、リュミザは口元に笑みを浮かべ、手近のパンを頬ばる。

「優雅な朝食だな」

「たまにはいいでしょう? 僕はよくこうしてゴロゴロして過ごすんです」

「それはいい息抜きだ」

 自分でカップにお茶を注ぎ、ロディアスはリュミザへ笑みを返しながら、喉を潤す。
 朝の清々しさに似合うハーブの香りでほっとする。

 ウィレバはシュバルゴのように癒やしの魔法は扱えない。代わりにこうした薬草茶を煎じてくれた。
 すっきりとした香りとほのかな甘みは、寝起きの体にちょうどいい。

「ロディーのご両親はどんな方でしたか?」

「俺の両親は、正義感の強い人たちだな。優しさと厳しさを備えていた。母は体が少し弱く、父は毎日気にかけていた」

 なんどきも妻を一番に愛する父で、母はそんな父とロディアスを等しく愛してくれる人だった。
 父の溺愛は毎年、母の誕生日に領内で花吹雪を舞わせていたほどだ。

「ロディーと同じく素敵な方たちだったんですね」

「自慢の両親だった」

 八年前、ハンスレット領の海で戦が起きた際、父は瓦礫から母を庇い亡くなった。
 母は小さな傷ができた程度だったが、結局あとを追うように体を弱らせて亡くなってしまった。

 思い返せば、ロディアスはあの時も海の上だった。

「――絵姿などは、地下の書庫にあると言っていたな」

「当主だけが入れる、遺品を収めておく部屋があるそうですね」

「ああ、あとで行ってみるか? あんたは本が好きだったろう」

「ぜひ、書庫を案内してください! 王都の図書館並みと聞きました」

「では優雅な食事を済ませたら、行くとしよう」

 少し前のめりになったリュミザが可愛らしく、近づいてきた彼にロディアスはそっと口づけを贈った。
 こうして誰かを愛おしいと感じる感情は久しぶりのことだ。

 驚き目を瞬かせたリュミザだが、すぐにお返しとばかりにロディアスを抱きしめてくれた。

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