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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第21話 若葉色のお守り

 前後に立つ男たちは揃って体格がいい。
 普通の人であれば、これだけでも萎縮する場面だろう。けれどロディアスにとってみれば、戦場の真っ只中に比べたら可愛いものだ。

 顔色一つ変えずについてくるロディアスに、男たちは警戒心をあらわにしている。

(少々、勝ちすぎたか? と言っても、勝たなければ当たらない景品だ。招待状は一体、どのくらい配布されているんだろうか)

 おそらくレイオンテール王国だけでなく、ほかの国でも配られているはずだ。
 船上で行うとなれば客室の確保も考え、百人規模か。

 長時間、大型船が停泊していれば、海上を守護する保安局も注視するだろう。
 しかしここまで大きな遊技場を各国に構えているなら、船を丸ごと視界から隠す魔法道具を所持していてもおかしくない。

「ところで、本当に俺は景品をもらえるのか?」

 遊戯の広間を抜けて、奥まった部屋まで連れてこられたロディアスは肩をすくめる。
 部屋の中にはほかにも数人いた。いまのロディアスでも十分切り抜けられる数ではあるけれど。

 ここで男たちをのし倒しては、招待状が手に入らない可能性もある。
 さてどうするかとロディアスが、視線を巡らしていると、黒服の統括とおぼしき男が足を踏み出してきた。

 体格はほかの男たちに比べると、そこまで大きくない。
 それでも一番、強い魔力を持っている。わざとらしく魔力を体から漏らしているので、普通の人ならば――言わずもがな。

「ミスター、魔法道具を外していただけますか」

「それはできない相談だ。ここに集まる者は魔法道具を身につけること自体、違反ではないだろう? あんたたちだってその仮面、剥がされたくはないはずだ」

 手首の魔法道具を指し示されて、ロディアスはきっぱりと断る。この魔法道具は姿を変える物。
 さすがに、はい、どうぞとはいかない。

 力尽くで奪われないよう、逆に彼らの弱点をつけば、周囲の男たちはわずかに怯んだ。
 なぜなら黒服は全員、黒色の仮面をつけて姿を変えているのだ。一見変哲のない代物だけれど、ロディアスはなんとなく違和感を抱いていた。

「では、そのほかに魔道具は?」

「持っていない。――なんならここですべて脱いで見せようか? あんたたちに男の裸を見る趣味があるのなら」

 両手を開いて見せたあと、ロディアスはおもむろにネクタイを解く。
 わずかにゴクリと息を飲む音が聞こえたものの、目の前の男が制止した。

「結構です。あなたの幸運が目を見張るほどでしたので」

「俺自身も驚きだ。それで?」

「招待状はご用意いたしましょう」

「そうか、ならばチップすべてと交換してほしい」

「換金なさればそれ相応の額になりますよ」

 ロディアスの前へトレイに載せたチップが差し出される。
 だがそれを見ても答えは変わらない。ロディアスは首を横に振った。

「余分な金は持ち帰りたくないのさ。財布の金をカラにする覚悟できたしな」

「その気持ちが幸運を引き寄せたのでしょうかね。チップと交換、いたしましょう」

(この男の、表の顔もそれなりの地位にある可能性があるな。魔力に既視感があった)

 誰の配下についたらこんな汚れ仕事が回ってくるのか。ロディアスの覚えのある人間ならば、軍人などだろう。
 ほかの者たちと比べ、彼は随分まともな思考を持ち合わせているようだった。

 布張りのトレイに載った封筒を受け取ると、彼は出口まで案内してくれる。
 しかし去り際ぽつりと言葉を耳元に囁いた。

「男の裸でもいい人間はごまんといます。お気をつけください。閣下」

 ちょうど遊戯の広間の手前だった。
 背後から囁かれ驚いたが振り向くまもなく、扉は押し開かれる。ざわめきが耳に戻ってきて、とんと背中を押されて人波に戻される。

 慌ててロディアスが振り向いたときにはもう、扉は閉じられていた。

(そういえば、ルディルの副官――その下に、まともなのが一人いたな)

 まさか気づかれるとは思わず、ロディアスはため息をつく。
 あの様子ではロディアスについて報告されないだろうけれど、またどこかで鉢合わせるのは気まずい。

「大丈夫でしたか?」

「ああ、戻ったんだな。まあ、大丈夫だろう」

 ロディアスに注意が向いているあいだ、各所を見て回っていただろうライックがそっと近づいてきた。
 先ほどの場面を見られていたのか、いささか心配そうな眼差しが向けられている。

「気をつけてくださいね。悪い虫がついたら、あの子に叱られてしまいます」

「さっきのか、平気だ。少し忠告してもらっただけだ」

「その様子ですと、素性を悟られたようですね」

「こんな場所で知人に会うとは思わなかった。だが彼なら平気だろう。できればこの先、対峙することがないといいけどな」

「――あなたがそう判断するのなら。用は済みましたし、ひとまず出ましょうか」

 目的のものを手に入れたいま、長居するところでもない。
 ライックの提案をロディアスは受け入れ、煌びやかな世界をあとにする。

「あんたのほうで収穫はあったのか?」

 馬車に乗り込んでようやく人心地をつくと、すぐさまライックの動向を確認した。
 お互いほとんど単独行動だったため、彼がなにをしていたのかよくわからないのだ。

「そうですね。競売の出品についていくつか耳に入りました」

「人身売買と、精霊鳥についてなにかわかったか?」

「はい。現在、男爵家のご令嬢が行方不明なのですが、彼女に似た容姿の女性について話が上がっていました。彼女は正しく魔法局に申請されていたら保護対象になっただろう希有な属性のようです」

「そういう珍しい存在は、ありえないものとされる懸念があるな」

 一般的でなかったゆえに隠されていた可能性がある。
 いくら魔法が発達した世界でも、珍しすぎる属性は異端になりえるのだ。

 ロディアスが小さく息をつくと、ライックも深く頷いて見せる。

「魔法局でも、もっと属性についての探求が必要ですね。精霊鳥はあまり話題に挙がっていませんでしたが、非常に貴重な生物の捕獲に成功したと」

「それだけだとなんとも言えないが、まあ、期待してみる価値はありそうだな」

 精霊鳥はいまや幻の生物。正しくその生き物がなんであるか、判断が難しいだろう。

「お疲れのようですね」

 馬車のかすかな振動がいい具合に眠気を誘う。
 ロディアスがあくびを噛みしめれば、ライックがくすりと笑った。しかし誤魔化す必要もなく、今度は遠慮なく手を当て大きなあくびをする。

「最近は早寝早起きだったからな」

「今日は早く寝かせてもらえるといいですね」

「リュミザが来てるか。来てるだろうな」

 名前を呟きながら、ロディアスが無意識に胸元にある若葉色の宝石を撫でると、なぜか「安心するでしょう?」と聞かれた。
 わけがわからず首をひねれば、また笑われた。

「それは宝石ではなく、魔力石まりょくせきですよ」

「魔力石?」

「今日のためにあの子が作ったのでしょう。魔力を具現化すると宝石のような塊になるのですよ。よほど魔力が多くないとできませんが」

「へぇ、じゃあ今日の俺がよく視えたのは、これのおかげか」

 遊戯場でロディアスに幸運が舞い込んでいたのは、先が〝視えて〟いたからだ。
 リュミザが扱えるのは属性魔法のほぼすべてではあるけれど、一瞬とは言え、先見さきみができるほどとは思っていなかった。

「無闇に丸裸にならなくてよかった」

「……そんな無茶はやめてください。あの子が嫉妬で燃えますよ」

「そうだなぁ。リュミザの前で裸にもなっていないしな」

「あなたはそう明け透けに」

 苦笑交じりに息をつかれ、ロディアスはニッと口の端を上げる。あまり表情のわからないライックだが、彼はカルドラ公爵と性格は似ていないようだ。

 対極にあるような、まさしく光と影と言うべきか。
 一度だけしか会っていないけれど、公爵は強い光を宿した人だと感じた。
 自身で身を引かなければ、彼こそ頂点に立つのがふさわしいと思える威厳を持っている。

「公爵には期待していると伝えてくれ。……少し寝る。着いたら起こしてほしい」

「ええ、お疲れさまです」

 静かな声音でねぎらわれて、ロディアスはすぐに眠りに落ちた。
 帰り着いたら若葉色の瞳がどんな表情を浮かべるのか。最近、低くなった柔らかな声がなんと紡ぐのか。

 そんなことを思いながら。

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