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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第2話 彼の言い分

 突然現れた彼の姿は、二十年前――最後に見た恋人と瓜二つだった。
 おっとりとした優しげな面立ち。瞬くたび揺れる長いまつげ。形のよい鼻に赤い唇。

 記憶にある彼女の微笑みは、ゆるりと花がほころぶように美しく、誰もが振り返るほどまばゆかった。
 いまロディアスの目の前にいるのは、彼女――アウローラの容貌をした別人だけれど。

「父上、お目にかかれて光栄です」

「…………」

「ここへきて正解でした。やはりあなたが僕の父上だった」

 向かいのソファで、にこにこと無邪気に笑う彼の笑い方は、アウローラとはいささか違う。
 それに彼女は波打つ深緑の髪をしていた。瞳は湖のように穏やかな水色だった。

 彼は腰までまっすぐに伸びる金髪だ。瞳は若葉色で――
 そんなことを思い、ロディアスは先ほどから自身が、目の前の青年と元恋人を比べてばかりだと気づいた。

 うきうきと一人、話し続ける青年は――リュミザ・レイオンテール。
 疑いようもないほどはっきりとした、王家の容姿を持っている、この国の第一王子である。

 歳は今年で十九だったと、ロディアスは記憶していた。
 二十年前、ロディアスが戦に出ているあいだに姿を消したアウローラが産んだ、最初の子ども。

 どこをどう見ても、ロディアスに似ても似つかない。
 だというのにリュミザはずっとロディアスを「父上」と呼ぶ。その違和感が、正直気持ち悪くて仕方がなかった。

「リュミザ王子殿下」

「そんな他人行儀な呼び方はやめてください」

「いえ、私とあなたは他人ですよ。なぜ勘違いをされているのかわかりませんが」

「勘違いではありません」

 ロディアスの言葉に目を丸くして驚くリュミザは、困ったように眉を寄せると、しばし「うーん」と小さく唸った。
 どうにも彼とは噛み合わなく、呆れた気持ちでロディアスはティーカップを手に取る。

 温くなった甘いお茶を飲みながら、この王子さまはいつまでここに居座るのだろうかと、内心息をつく。
 なぜなら少し前に、使者団は屋敷を出たからだ。

(まさか彼だけ残るとは思わなかった)

 リュミザは自分で身支度ができるから、お構いなく――と言っていたけれど、大公家として王子殿下の世話をしないわけにはいかない。
 いま屋敷の者たちが客室をせっせと準備している真っ最中だ。

「父上は甘いものがお好きなんですね。僕も好きです」

 ロディアスが果実を浸したお茶を自らカップに注いでいると、リュミザの瞳がキラキラ輝く。
 確かに彼は甘いものが好きなのだろう。

 普段のロディアスと同じように、煮詰めた果実をたっぷりとカップへ落としていた。
 しかし彼の呼び方がどうにも気に障り、ロディアスは素直に返事ができない。

「殿下。その呼び方はやめませんか。陛下に失礼ですよ」

「……あの人は、僕の本当の父ではないので構いません。ずっと相容れない人間だと思ってきましたが、ようやく謎が解けて、僕はほっとしているのです」

(どう見たって王家の容姿だろうが)

 胸元に両手を置き、大きく息をつくリュミザの様子を見て、ロディアスは舌打ちしそうになった。
 頑なに訂正を受け入れないリュミザを相手にしていると、短気な性格ではないロディアスも、さすがにイライラとしてくる。
 そもそも彼にロディアスは会いたくなかった。

(現実を突きつけられているみたいだ)

 正直な話。もしかしたら彼は自分に似ていたりしないだろうか。そんな淡い期待も心の底にあった。だがそれと同じく、現実を知るのが怖くもあった。
 だというのに突如、目の前に現れて、あっさり期待を砕き、リュミザはとんちんかんなことばかり言う。

「ああ、そうか。父上、先ほどの言葉を訂正します」

「やっと理解して――」

 視線を合わさず茶ばかり飲むロディアスに、リュミザは納得した様子を見せたが、予想とは異なる言葉を返してくる。

「あなたは僕の魂の核を生み出してくれた方です」

「魂の、核?」

「そうです。僕の魂を作ってくださったのがあなたです」

「……精霊族の一番目の子。だから、か」

 左胸に手を当てにっこりと微笑むリュミザに、ロディアスはぽかんとわずかに口を開いた。

 かつての恋人、アウローラは精霊族だった。
 魂の核とは、精霊族が生まれる際にできる命の結晶のようなもの。核は母胎に宿り、二人の魔力を注いで育てる。
 しかし――

「人の子は十月十日とつきとおかと聞くが、精霊の子は時間がかかるのか?」

 リュミザが生まれたのは、アウローラがルディルと婚姻した一年後だ。
 計算が合わない。

「あの男は母の記憶を塗り替えたので、そのせいでしょう。魂の核は本来、違う魔力では育たないんです」

「……やっぱりそうなのか」

 ルディルは水の魔法のほかに精神系の魔法が得意だった。
 公表されていないけれど、対立する立場にいたため耳打ちしてくれた者がいた。

「僕はずっと違和感があって仕方がなかったんです。今日はそれが晴れて気分がいい」

 本当に晴れやかな笑みを浮かべ、リュミザはテーブルの茶菓子に手を伸ばす。
 もぐもぐと菓子を頬ばる姿はすっかり安心しきった様子だ。

 それとは反し、ロディアスの心は波風が立って落ち着かない。

(だけど、だとしたら――塗り替えられてしまう程度の愛情しかなかったのか? 俺との子を宿しながら)

 人族と精霊族が交わるのはそう珍しくないけれど、あいだに子をもうけるのは難しいと言われている。

 情を交わすのはもちろんだが、まず伴侶になるには誓約を交わさなくてはいけない。
 似ているようで異なる種族。寿命も大きく異なる。

 ともに生きるために、命尽きる時までつがうと魂の約束をするのだ。そうすれば寿命を分かち合える。
 もちろん違えればそれ相応の代償を払うこととなる。

 ゆえにそこまでして精霊族と将来を約束する者は少ない。
 それでもロディアスは精霊族の誓約をアウローラと交わした。
 生涯をともにする覚悟で――

(真実がわかってすっきりどころか。俺は最悪な気分だ)

 ティーカップを両手で包み、ロディアスはいつの間にか俯いていた。
 アウローラとの誓約が断ち切れたのは、戦の真っ只中だった。
 気づいても彼女の元へ向かえない海の上だったのだ。

 そのため一瞬気がそれて、片目の光を失う羽目になった。

「父上は、まだ母を愛しているのですか?」

「…………」

「あの人はあなたにふさわしくない。弱い女性ひとだ」

 ロディアスが沈黙しているあいだに、傍へ来ていたリュミザが、ゆっくりと床に膝をついた。
 気配で気づいたものの、ロディアスは反応できずに黙ったままでいた。

 しばらくすると白く綺麗な――だけれど男性らしい――手が、ロディアスの両手を包んだ。

「僕がここへ来たのを迷惑と思っていますか?」

「思っていても、はい、そうです……なんて言えないだろう」

「ふふっ、いま言っているじゃないですか」

 ぶっきらぼうに言い放ったロディアスの言葉に、リュミザは目を細めて笑う。
 その笑みはやはり、似ているようで似ていない別人だと思えた。

「はあ、王子殿下はいつまでここに?」

「リュミザと呼んでください。リュミィでもいいですよ」

「あなたが私を父と呼ばないのなら」

「ずるいですね。ではロディー、僕の名前をしっかり呼んでください。僕はあなたが王都へ行くまでご一緒します。それと似合わない敬語はよしてください」

「まったく、失礼な王子さまだな。リュミザ、食べ物の好き嫌いは?」

「そうですね、キノコ以外は」

「……晩餐前にそう伝えよう」

 彼女に似ているようで似ていない。
 自分に似ていないようで似ている。

 そんなちぐはぐな感覚がくすぐったく思え、ロディアスはティーカップをテーブルに戻すと、そそくさと立ち上がった。
 ぱっと手を離されたリュミザは、わずかに頬を膨らませたけれど、黙ってロディアスの後ろをついてくる。

 足音は聞こえないのに、浮き立ったような軽やかさだとわかり、ロディアスは無意識に口元を緩めた。

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