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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第25話 船上に潜入

 船上での競売は、暖かさが残る夏の終わり頃と書かれており、詳しい日付は一週間ほど前、招待状に浮かび上がった。
 一つの招待状で二人まで参加できるのだが、誰が参加するかリュミザと話し合いをした。

 今回は逃げ場が限られる船の上。
 潜入に慣れている、ライックとリュミザの組み合わせが無難だろうとロディアスは思っていた。

 リュミザも珍しく同意していたのだけれど――結局、ロディアスとリュミザの組み合わせで、参加することとなった。

 なぜならライックは参加人数を見越して、別の参加者の招待状で紛れ込むのだとか。

「俺がいて足手まといにならなければいいが」

「大丈夫ですよ。いざというときはライックがなんとかしてくれます。僕は僕の身を守れますから」

「頼もしい限りだな」

 競売当日――港へ向かう馬車の中、向かいに座るリュミザは臆する様子もなく肩をすくめた。
 大げさに「僕が護ります」などと言わないところに、ロディアスは感心をする。

 自身の力量を過信しないのは、戦闘時でも重要な部分。
 そして仲間を信頼し、背を預けられるのも大切だ。

「ロディー、今日の体調はどうですか?」

「別段、心配するような調子じゃない。王都へ来てから、人と会う回数が多くて気疲れしただけだ」

 夏の初め頃から半月ほどか、ロディアスは大きく体調を崩した。
 寝たきりになるほどではなかったのだが、めったに弱った姿を見せないため、いたく屋敷の者たちに心配をされてしまった。

「心配して当然ですよ。無茶はしないでくださいね」

「リュミザもな。ずっと忙しかっただろう」

 数日前までリュミザたちは船上の地図を手に入れたり、人員配置図を手に入れたり、影で色々と奔走していたようだ。
 ロディアスはなるべく平常どおり過ごしてほしいと言われ、留守番ばかりだった。
 体調も考慮すると妥当な判断。元々、リュミザの不在証明がロディアスの役目なのだ。

「実は僕はそれほどでもなかったんですよね。書類仕事は忙しかったですけど」

「そうなのか?」

「ええ、最近は監視の目が厳しくて。仕事場もあまり気を抜けなくなってきましたね」

「魔法省にまで監視の手を広げているのか? そういえば以前からルディルはあんたの動向を気にしているな。しかし国に属さない魔法省へ踏みいるのは越権行為だろう」

「あの男は、そのあたりが頭から抜けていそうですね。まあ、僕が告げ口しなければ、聖王国へ報告は行かないのですが」

「ルディルはいまになってあんたの存在を思い出したのだろうな」

 アウローラを使って、茶会にロディアスを呼び出した時も、訊ねてくるのはリュミザの話ばかりだった。
 魔法省での話はするのか。普段どういった行動をしているのか。話す内容は――など。
 だがどれもいまさらすぎる。リュミザが魔法省に籍を置いてもう五年ほど経つらしい。

「僕は叔父上の存在に気づかせない、目隠しの役目なので、いまは放っておきます」

 監視を泳がせておけば表向き、大人しくしているカルドラ公爵の存在を、ルディルは思い出しもしないだろう。
 いまの状況を見ていれば想像がつく。

「ことが落ち着くまでは仕方がないか」

 ルディルは最近になって動きの活発なリュミザが、自身の足をすくうのではと恐れ始めたのだ。

(リュミザの才能に恐れを抱く気持ちはわかるが、根本に気づいていないんだよな)

 リュミザは〝他人〟を信用していない。
 王家そのものを忌避しているのだから、王位を揺るがす存在になり得ないと、わからないものか。

(俺との交流も増えたから、余計に警戒されているんだな。ルディルは結局のところ小心者だ)

 二十年も経って、それこそいまさら、ロディアスが軍を率いて争いなど起こすわけがない。
 とはいえ、王都で様々な人物と交流し始めたロディアスの行動を知れば、躍起になるのも仕方がない。
 ルディルはロディアスに負けるのが嫌いなのだ。

「ロディー、今日は危険を感じたらまず退路を開いてください」

「急になんだ」

「戯れ言とは思わず、もしものときはそうしてくださいね」

「……わかった。だがあまりそういった話をしないでくれ。悪い運を引き寄せそうだろう?」

 至極当然な助言だった。
 だと言うのになぜか、いまはひどく重たい言葉に感じて、ロディアスはリュミザの手を取る。

「そうですね。言葉が効力を発揮する場合もありますから」

「ああ」

 ロディアスがそっと手を引くだけで、リュミザは察してわずかに腰を上げる。小さな馬車ゆえ、膝を突き合わせるほどの広さしかない。
 近づいてきたリュミザはロディアスに口づけると、ぽつりと愛を囁いた。

「精霊鳥を逃して、無事に屋敷へ帰ろう」

「ええ、僕が帰るのはあなたのところだけです」

 柔らかく微笑んだリュミザへ、ロディアスから再び唇を合わせた瞬間、馬車の揺れが収まる。
 目的地に着いたらしく、御者台からノックの音がした。

「では参りましょうか、《《エディー》》」

 今回は広い会場とは異なり、場所の限られた船の上。
 愛称だけで悟られる可能性を考慮し、ロディアスの呼び方を変えている。リュミザは普段から使っている通称――〝リー〟と呼ぶようにした。

 いつもどおり魔法道具で髪と目の色を変え、今回はロディアスにもわずかに認識阻害の魔法を効かせる。
 見知った相手と接触し、遊戯場でロディアスの素性が割れてしまったからだ。

「この付近で馬車を止めているのは招待状を持った客か」

「ここはひと気が少ないですからね。出席を隠したい者にはちょうどいい」

「しかし船上パーティーとして、一般公開される催しだとは思わなかった」

「木を隠すなら森の中が一番目立たないんですよ」

 競売は小規模に行われるのかと思っていた。
 だが蓋を開けてみれば、一般客も招き入れた船上パーティーという名目だったのだ。

  千人規模の豪華客船は内湾を一周して、再び明日の昼頃に港へ戻ってくる。
 船着き場付近は馬車がいくつも止まっており、船に乗り込む貴族などの姿が見えた。

 招待状を持っている者の多くは素性を隠しているため、闇夜に乗じて別の入り口から乗り込む。

 船上にはすでに多数の人が集まっていた。
 甲板には船出を見ようと、とどまっている人たちも多いようだ。

「仮面は趣向か?」

「そのようですね。僕たち側が目立たないようにでしょう」

 集まっている客たちの多くが仮面をつけているとわかり、ロディアスたちも紛れるよう身につける。

(船上の警備に王国の軍人が混じっているな)

 身なりを整え、ぐるりと周囲を見渡してみれば、そこかしこに帯剣した警備が立っていた。
 彼らは皆、揃いの仮面をつけている。

 ごく簡素な目元を隠す仮面だけれど、あちらも認識阻害を効かせ、面立ちは見て取れない。
 遊戯場の黒服たちがつけていた仮面と同じ仕様だろう。だが歩き方や立ち方で王都の騎士団か、軍人かロディアスは見分けがつく。

「都合よく紛れ込ませたようですね」

「そのようだな」

 リュミザも気づいたのか、ロディアスの視線に頷いた。
 しかし下手に立ち止まっていると警備の目につく。ロディアスたちは足早に甲板を抜け、船内へ足を踏み入れた。

「夜更けに花火が上がるんだったな」

「そうです。時間になればホールでの舞踏会と見物客で人が分かれます」

「よく考えつくものだ」

 二手に分かれれば人が減っても気づく者は少ない。
 そして競売が盛り上がり、騒がしくなっても、空で大きな音を立てる花火に紛れる。

「出港したようですね」

「ああ」

 周到な計画にロディアスが息をつくのと同時か、船がかすかに揺れ、船体が海の上を走り出した。

(そういえば船は久しぶりだな)

 退役をして五年。
 ロディアスが船で過ごす時間はほぼなくなった。
 窓から見える暗い地平線は、見慣れた景色だというのに、なぜだかそわそわとした落ち着かない気持ちになる。

「時間まで、部屋に下がるか」

「……そうですね。あなたが人波に酔っても困りますし」

 さっそくと情報収集に繰り出してもいいけれど、時間まであまり目立たないほうがいい。
 わざわざ自身に言い訳までして、ロディアスは笑みを浮かべたリュミザの言葉に甘える。

「少し、二人きりになりたい」

「今日のあなたはなんだか可愛らしいですね」

「すまない、こんな時に」

「いいえ、そんなあなたが僕は愛おしいですよ」

 普段は押しに押してくる、リュミザをあしらうのはロディアスなのに、真逆だ。
 すっと腕をとられ「行きましょう」という言葉に従う。

 船は上階へ行くほどランクの高い客室となるが、二人が選んだのは地下一階。
 競売の場所は詳細を伝えられていないが、乗客が勝手に出入りできない下方にある。

 会場に出入りしやすく、甲板にも出やすい場所を選んだのだ。

「少しのあいだ、二人でゆっくりしましょうね」

 部屋の扉を開くと、リュミザはロディアスの背を軽く押し、性急に中へと足を踏み入れる。
 リュミザが後ろ手で鍵を閉めたのに気づき、振り向いたロディアスは彼をおもむろに抱き寄せた。

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