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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第10話 運命的な結果

 ロディアスはリュミザたちが戻るまで、落ち着かない時間を過ごした。下手に慌てたそぶりを見せると、店の者にも怪しく思われる。
 ここが雑貨屋とまったくの無関係だと確認が取れていない。

 悶々としながら時間を過ごし、しばらくすると雑貨屋からリュミザとヘイリーが出てきた。
 二人の姿を確認して、ロディアスは席を立つ。

「思ったより早かったな」

 雑貨屋から離れた場所に駐めた馬車内で、先に待っていた二人へロディアスは声をかける。
 するとリュミザが魔法を解きながらため息をついた。なにかあったのかと、ヘイリーへ視線を向けたら彼が代弁してくれる。

「あと少しで私たちの順番だったんです。でも急遽占いの受付が終わってしまって」

「なるほど、ではせっかくの占いも、おすすめ商品も手に入れられなかったのか」

(アウローラが来たことに、なにか関係するのかもしれない)

 屋敷に戻ったら話をすべきだろうと、ロディアスがリュミザへ視線を向けたら、不機嫌顔だった彼は小さく頷いた。
 こういった冷静な部分、話は早いが歳にそぐわないと感じる。

 まともな人間が王宮で育つと、こうなってしまうのだろうか。
 だとすれば相当昔から、王家は根腐れを起こしていたのかもしれない。

(しかしまさか彼女が、あそこに出入りしているとは思わなかった。なにも知らずに悪事の片棒を担いでいそうだな)

「あの、父上。雑貨屋で綺麗なハンカチーフを見つけたので」

「わざわざ俺に選んでくれたのか? ありがとう、ヘイリー」

 リュミザとのあいだにある、緊張した空気を感じ取っていたらしいヘイリーが、おずおずとロディアスに包みを差し出してくれた。

 受け取り、中を確認してみれば、艶のある白色の生地に鮮やかな花の刺繍が施されていた。
 丁寧な手仕事が伝わるほど見事だけれど、わずかに感じ取れる魔力の気配に、ロディアスは目を見張る。

(この独特な魔力は彼女の物だ)

 人族と精霊族は魔力の質が大きく異なる。
 アウローラとは一時期、誓約で繋がりがあったため、ロディアスは特に違いがわかる。

(これは一針ごとに祈りが込められた品だ。こんな貴重な品を雑貨屋などに置くなんて、なにを考えているんだ)

 精霊族や神族が純粋な魔力の持ち主だとすれば、人族や獣人族の力は混ざりもの。
 長い歴史の中で一族同士が混ざり合い、得られた副産物だ。

 純粋たる精霊族であったアウローラの魔力は、微々たるものでも効能が高い。
 夫であるルディルにいいように使われているのか。

 それとも出入りする商人に、言いくるめられて品を卸しているのか。
 世間知らずなあの頃のままだとしたら、どちらもありえそうで、ロディアスは苦々しい気持ちになった。

「父上、どうかされましたか」

「いや、あまりに見事な品で驚いたんだ」

「そうですよね。僕も本来とても高価なのではと思って、店の方に聞いたんです。なんでも高貴なお方が国の平和を願って刺してくださったものらしく、どなたでも手に取れるようにと雑貨屋へ納品しているみたいです」

「なるほど、それは貴重だな」

「奉仕精神に溢れる人なのでしょうね」

(ていのいい大義名分だな)

 気持ちの整理は少しずつできているとは言え、元恋人が悪事に荷担しているのではと思うと、ロディアスは落ち着かない気分になる。
 本人はなにも知らないのだろうけれど。

「ロディー、なにを考えているんですか?」

「色々と、だ」

「ふぅん」

 わかりやすい嫉妬を見せるリュミザに、ロディアスは苦笑する。自分以外に興味を持つと駄々をこねる子どものようだ。
 家族らしい家族がいなかったリュミザにとって、ロディアスの存在は大きく感じるのかもしれない。

「兄さまは父上が本当にお好きですね」

 大きな子どもだ、なんて思いながらリュミザをあしらっていたら、ふいにヘイリーがぽつんとこぼす。

「初めて会った時から繋がりを感じたと聞きましたが、どんな感じなんでしょうか」

「魔力の質が似ているとか、そういうのじゃないのか?」

 深い意味はなく、純粋な疑問といった眼差しのヘイリー。
 視線を受けたリュミザは瞬きをしながら、しばし動きを止めた。

 もっと軽く、ぽーんと言葉が出てくるかと思っていたので、ロディアスは意外だと感じる。ヘイリーもそうだったのだろう。
 隣のリュミザを見つめ、少しうろたえる。

「なにかおかしなことを聞きましたか?」

「え? あー、別におかしくないよ。ロディーと僕の魔力の質は確かに似ている。僕の源、核を形作ってくれた力だしね」

「兄さま?」

 胸に手を当て、再び黙り込んだリュミザの様子を見て、ヘイリーがロディアスへ視線を向けてくる。
 その顔にはまるで「どうしよう」と書いてあるかのようだ。

「初めて会った時、魂の核が共鳴するみたいな音を奏でた。ようやく出会えたことを魂が喜んでいた」

 しばらく黙っていたリュミザが、探していた言葉を見つけたとばかりに小さく紡ぐ。どこか熱のこもった言葉に、ロディアスは驚きで言葉が詰まった。
 けれどヘイリーは感じなかったのか、はしゃいだ様子を見せる。

「運命の出会いみたいで、なんだかロマンティックですね」

「……運命、確かにそうかも」

「親子の再会に運命は言いすぎじゃないか?」

 運命だなんて言葉はくすぐったい。
 居心地の悪くなったロディアスが茶化したら、不満げな表情を浮かべたヘイリーに怒られる。

「父上はロマンがありませんね。ウィレバも言っていたじゃないですか、父上と兄さまは魂の片割れ、半身のような存在だって」

「あれは大げさなたとえだ」

「ロディー、僕は最近、背が伸びたんです。頼りない腕にも筋肉がついて」

 二人で言い合いをしていたら、またぽつんとリュミザが呟く。

「それは、ヘイリーと鍛錬をしているからじゃないか? あんたが筋力をつけたいって」

 リュミザの言い分に別段おかしな部分はない。最近の彼は屋敷にいれば毎日、ヘイリーと剣術の鍛錬をしている。

 ハンスレット家の者であれば、剣を扱えなければと言って。
 魔法に頼りきりでまったく筋肉がなかったリュミザでも、さすがに筋力くらいはつくだろう。
 背は大人になって伸びる者もたまにいる。

「ロディーは知っていますか? 神族や精霊族は性別がないんです」

「性別が、ない?」

「正しくは生まれた時点では性別が決まっていないんです。僕の器は人族のものなので、体の性別があります。でもおそらく母はロディーに出会ったばかりの頃、性別が定まっていなかったはずです」

「それは、初耳だ」

 精霊族や神族の生態について、詳しく知っている者は少ない。それでもロディアスは他の者たちより、知っているほうだったのだが。

 やはり二種族は人族と似て非なる存在だと実感する。

「僕も少し前まで中性的な要素が強かったんです。筋力だって鍛えようとしていた時期もあるんですよ。ですがまったく成果が出なくてやめました」

「……なにが、言いたいんだ?」

 どことなく雲行きが怪しくなり、ロディアスはどうやって話をそらそうかと、思考を巡らす。
 だがリュミザは遠回りせずに結論を導き出した。

「僕はロディーに一目で恋に落ちたんです! あの胸の高鳴りは恋情だったんです!」

「いや、待て、父親に会えて感激したと言っていただろう」

 いきなりリュミザが立ち上がるので、一瞬馬車が揺れる。
 驚いた御者が声をかけてきたため、ロディアスは「なんでもない」と慌てて返す羽目になった。

(ヘイリーがおかしなことを聞くから、もっとおかしな方向へ話が飛んだじゃないか)

「最初は僕も確かにそうだと思いました。でも少しずつ変化しているんです。精霊族は最初に恋した、相手の性別に合わせて性別が定まるんですよ」

「せっ、成長期だろう」

「父上、苦しい言い訳です」

「どっ、どうでもいいが、危ないから座れ!」

 ヘイリーの呟きに咳払いし、リュミザを元の場所へ戻そうとしたのに、彼はなにを思ったのかロディアスの隣に腰掛ける。
 驚いて身を引くと、ぎゅっと右手を握られた。

(ん? ……確かに、手は以前よりゴツゴツしてきたが、鍛錬で皮の厚みが変わると言うのはよくある)

 初めて手を握られた時は指もすらっとしており、滑らかな手だった。いまは節くれ立った男性らしい手になっている。
 ほかにも身を引いてじっくりと見れば、衣装のせいとばかり思っていた肩幅が、以前よりもしっかりして見えた。

(いやいや、成長期。そもそも相手の性別に合わせて変わるなら逆だろう?)

 出会い頭に父と呼ばれ、慕われてきた相手に男として恋されても困る。国で同性婚は忌避されていないものの、ロディアスの恋愛対象は女性だ。

「ロディー! 最近の悩みが晴れていま、僕はすっきりとした気持ちです!」

「勝手にすっきりとするな!」

 両腕を拡げて抱きついてきたリュミザの動作で、再び馬車が大きく揺れた。

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