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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第13話 麗しの君

 舞踏会当日。リュミザとは屋敷ではなく別の場所で待ち合わせている。
 前回はロディアスの屋敷から、監視されていたのだろうと苦い顔をしていた。

 これまで父親であるルディルはまったく、リュミザに関心を示してこなかったため、油断をしたと悔しそうでもあった。
 リュミザとしては歯牙にもかけない相手に、先手を打たれたのが苛立たしいのだ。

 自尊心の強さはルディルと似ているのでは、と思ったけれど、ロディアスはあえて言葉にしなかった。
 言おうものなら烈火の如く怒る、リュミザが想像できる。

(まあ、似ていると言うより、人の上に立つ王族として生まれたんだ。プライドを持って然るべき立場だろう)

 ロディアスはリュミザの表情を思い浮かべながら笑みをこぼす。
 たまにからかわれ、頬を膨らませるリュミザは、子リスのようで可愛いのだ。

(さて、リュミザはどんな衣装を用意しているんだろうな)

 舞踏会の衣装はすべて用意すると、リュミザは張り切っていた。一体どのような格好をさせられるか、気にかかるところである。

 かすかな馬車の振動を感じながら、ちらりと窓のカーテンを指先で開く。
 夜の帳が下りた王都は魔法道具のランプで彩られていた。走っているのは王宮に近い貴族街のようだ。

 堂々と表通りを走る馬車に、ロディアスが乗っているとは誰も思わないだろう。
 ここへ来るまで二度も馬車を乗り換えた。

 馬車も、御者もカルドラ公爵が用意したものらしい。
 いまのリュミザは要注意人物扱いのようだから、致し方ないだろう。自分を遮る存在とわかれば、ルディルはなにをするかわからない。

 ロディアスに接触したことで、なにか行動を起こすのではと危惧されているのだ。
 まさにその通りではあるが、リュミザと公爵は随分前から動いているので、いまさらな気がした。

 ここまで気づかせなかったのはカルドラ公爵の手腕だろうか。

「旦那さま、つきました」

 御者台から声が聞こえ、ロディアスはノックで返す。
 以前渡されたままだった魔法道具で見た目を変えてから、馬車を降りた。そこは有名な洋服店だ。

(こんなところまで公爵の息がかかっているのか?)

 表向き、兄であるルディルが治めているようで、カルドラ公爵こそ影の支配者なのではと思える。
 裏から糸を引けるだけの力を持ちながら、表舞台に足を踏み出そうというのだから、よほど現王政に我慢がならなくなったのか。

(一度ゆっくり話をしてみたいな)

 馬車が止まったのと同時、店の中から迎えが出てきた。ロディアスはまっすぐと洋服店へ向かい、紹介カードを手渡す。

「お待ちしておりました。お連れさまもお待ちです」

 カードには紋様が描かれてあるのみで、なにも文字は書かれていない。しかしその紋様こそ重要なのだ。
 しかと目に留めた女性は、さらに深く礼を執り、ロディアスを迎え入れる。

 店内にロディアス以外の客はいない。
 落ち着いた趣の室内へ視線を巡らしていれば、奥から老紳士がやってきた。

「ようこそ、リード洋服店へ。こちらで衣装の採寸確認をさせていただけますか?」

「ああ、頼む」

 彼がこの店のオーナーであり、王都随一と言われる腕前の持ち主なのだろう。事前にリュミザから聞いていた容姿と合致する。
 ジャケットを脱いだロディアスの傍へ来て、彼は無駄な動きをせずさっと採寸を行った。

「大きな調整は特に必要ないようですね。いただいた表に相違ありません。お着替えの際、微調整だけさせていただきます」

(ウィレバのほうで手配してあったのだろうか。服の採寸なんてハンスレットでしかしていないからな)

 本来、人気の店で衣装を頼んだなら、ひと月で完成するなどまずないだろう。
 そこはもしかしたら公爵の力が及んでいるのかもしれない。
 案内された場所へ行けば、見事な刺繍や装飾を施した紳士服がある。

 されるがままに着替えていくロディアスだけれど、気にかかる人物の姿が見えない。

「連れはどうしているだろうか」

「お連れさまもいま着替えているところでしょう。あちらはお着替えに少々時間がかかります。お茶をご用意しますのでお待ちください」

 着付けを手伝う女性ににこやかに言われ、ロディアスの頭に疑問符が浮かんだ。とはいえそう言われて急かすのも無粋だ。
 リュミザが着替え終わるのを黙って待つことにした。

 そして一刻ほど待っただろうか。
 先に入店していたわりに、随分と時間がかかった。令嬢や婦人ならばいざ知らず。などと思ったロディアスはある意味、正しかった。

「ロディー、お待たせしました」

 いつもよりわずかに高め。男性とも女性ともつかない声音だけれど、ロディアスに向けられた声はリュミザのものだ。
 座っていたソファから身を起こし、文句でも言おうと後ろを振り向いたが。

「……え? ん? リュミ、ィ?」

「ふふっ、新しいドレス、似合いますか?」

 とっさにロディアスが名前を呼び変えたのは〝彼〟の、リュミザの姿に驚いたからだ。
 振り向いた先にいたのは真紅のドレスを身にまとったご令嬢。

 透き通るような若葉色の髪に、希少な宝石をはめ込んだみたいな黄金色の瞳。
 普段の美しさは見慣れたが、レースや刺繍で彩られたドレスをまとうリュミザの美しさは格別だ。

 元の髪や瞳の色が反転しているだけで、随分と印象が変わる。
 以前の赤髪に青色の組み合わせよりも、ずっといいとロディアスは感心して見つめた。

 ありきたりな言葉ではあるけれど、誰もが振り向きたくなるような美貌と、たぐいまれなる曲線美だ。
 締められたコルセットの下に、ちゃんと骨は入っているのだろうかと心配になる。

 そんな心配が顔に出ていたのか、近づいてきたリュミザが畳んだ扇の先で、ロディアスの鼻先を軽く叩く。

「あまり見られては穴が空いてしまいますわ」

「しまった。似合いすぎてちょっと言葉が出ないな」

「……母と重ねないでくださいね」

 言葉をなくしてうろたえていれば、不機嫌そうに眉を寄せたリュミザが耳元へ囁いてくる。
 そこで初めてロディアスはアウローラを思い出した。

「気を揉ませて悪いが、まったく思い浮かばなかった」

「えっ? そう、なんですか。……よかった」

(まさか赤いドレスを選んだのは、このあいだの生誕祭で彼女が着ていたから。――対抗心?)

 ロディアスの言葉を聞いてうれしそうに笑うリュミザを見ると、あながち間違いでもないかもしれない。
 彼にそんな可愛い一面があったとは、ロディアスは思いも寄らなかった。

「ロディーもとても似合いますね。見立てた甲斐がありました」

 驚いているロディアスをよそに、リュミザはすぐさま意識を変え、着替えたパートナーを見つめてくる。
 凝ったデザインだと思っていたけれど、リュミザが選んだとわかり納得がいく。

 ハンスレット家は長らく、パーティー用の衣装を作っていないため、目利きが少ないのだ。

 色はシンプルな黒。形はロングテールの燕尾服を元にしているのだろう。
 最近の舞踏会は正統派な形をアレンジするのが流行なのだとか。

 よく見ればロディアスの衣装に赤が差し色で入っており、リュミザのほうには黒が差し色で使われている。
 合わせたデザインだとそこで気づいた。

「こちらがお二人の今宵を彩る仮面でございます」

 リュミザのひらひらとしたドレスを眺めていると、老紳士が布のかけられたトレイを持ってくる。
 柔らかな布が捲られれば、そこに二つの仮面。

「鳥がモチーフになっているのか」

「元となるせいれいちようは一度しかつがわない、と言われております」

「幻の鳥だな。精霊族のシンボル」

「左様でございます」

 老紳士に説明を受けているロディアスの横で、にこにことしているリュミザへ目を細めると、彼はわざとらしく「私たちのようですね」と笑った。

 そしてそっと片方を取り上げたリュミザは、仮面をロディアスにあてがって、満足げに微笑む。
 優雅な羽の形を摸した仮面は衣装にもしっくりと馴染んだ。

「では、ひとときの舞台へ参ろうか、リュミィ」

「しっかりとエスコートしてくださいね」

 肘を曲げて差し出すと、レース手袋に包まれたリュミザの手がそこへかけられる。
 舞台の準備は整った。

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