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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第20話 秘密の遊戯場

 遊戯場へ向かう夜。
 前回と同じ洋服店へ行き、リュミザがオーダーしたという衣装に着替えたロディアスは、彼の執着を感じて小さく笑った。

 金糸の刺繍に綺麗な若葉色の宝石。さりげないながらも随所に彼の気配を感じる。
 熱心に注文をしていったと言う店主は、ロディアスの着替えを手伝いながら、楽しげに笑っていた。

 店の外へ出るといつの間にか迎えの馬車が着いており、中で待っていたライックも「執着心があらわですね」と苦笑するほどだ。
 彼は前回とあまり変わらず、顔を覆う仮面をつけ、正装をしている。

「競売の招待状は、どうやって手に入れるんだ?」

「端的に言うなら、客として見なされカードに勝たせてもらう、ですね」

「なるほど、鍵となる人物がいるんだな」

「大公は楽しんでくださるだけで大丈夫ですよ。私が今夜のキーマンを探します」

「俺は本当に頭数合わせだな」

 これまでの人生で、ロディアスは特殊な経験をしていない。
 ゆえに諜報活動において、なにも役に立たないのはわかっている。しかしすべてがパートナー任せで、前回同様まるで大人の社会見学の気分だった。

 こうなることは最初からわかっていたのに、参加するのをやめなかったのは、リュミザが日頃見ている世界を自身でも知っておきたかったから。

 先日、カルドラ公爵と初めて会い、二人の関係性は想像どおり師弟に近いとわかった。
 できれば家族のような存在であってほしかったけれど、そこはこの先のハンスレットに担ってもらえばいい。

「着いたようですね」

 夜の帳が下りる道を進み、馬車がたどり着いたのは王都から近い場所にある港だった。

「港、か。遊戯場がここにあるのなら、競売はもしかして海の上で行うのか?」

「ええ、船上パーティーの招待状を手に入れるのが、今回の使命です」

「海に国境はないと言うが、よく考えるものだな」

 馬車を降りたライックに続き、魔法道具で見た目を変えてから、ロディアスもゆっくりと降りる。
 国営の遊戯場は王都内にあるが、これから向かう先は会員制。

 ロディアスも今回の件がなければ、港の倉庫――その地下に遊戯場があるだなんて、想像もしない。
 だがこの遊戯場も元を辿れば国が片棒を担いでいるらしい。

 入り口に立ついかにも倉庫番と言った風情の男に、ライックが合い言葉を紡ぐと、招待状を出すよう促される。
 しっかりと明かりでカードを確認してから、男はロディアスたちを奥へと案内した。

(あの明かり、魔法道具か。招待状のインクが特殊なんだな)

 招待状の偽造ができないという点でも、嫌なくらい徹底している。
 おそらく遊戯場は、昨今できたものではないのだろう。

「どうぞ一夜をお楽しみください」

 地下へ向かう階段を降り、曲がりくねる薄暗い廊下を歩いてようやく扉が開かれた。
 分厚い扉の向こうはざわめき、歓声、人の熱気で溢れている。

「想像していたよりも大規模だ」

「ここは王都の遊戯場より華やかです」

「……そうなのか。運営は我が国うちだけではないのだろうな」

 着飾った紳士淑女たちが大声を上げて喜び嘆き、グラスを鳴らし、会話を交わしている。
 宮殿で開かれる、舞踏会の慎ましやかな雰囲気とは真逆だ。

 黄金色のチップが積み上がったり、空になったり、目の前の賭け事に夢中で、誰しもマナーなど考えている暇はない。
 とはいえ目に余る客はきっと、身ぐるみを剥がされ追い出されるのだろう。

「で、これからどう動けばいい?」

「そうですね。まずは適当に参加してみましょう。カードに参加するチップを集める必要がありますし」

「なかなかいい加減だ」

「ふふっ、こういったところは指示書どおりになんて無意味ですよ」

「では俺が駄目だったときはなんとかしてくれ」

「もちろんです。心配はいらないでしょうけど」

 なぜか自信を持って答えるライックは、ロディアスの一歩後ろをついてくる。

 彼は見た目が特徴的なので、見知った者も多いのか、たびたび声をかけられていた。だがロディアスは気にせず、目についた場所で椅子を引く。

 ルーレット台にチップを置いたロディアスを見て、内側に立つディーラーは、わずかに目の色を変えた。

 新参者は勝たせてから徐々にチップをむしり取っていく。
 そしてある程度の儲けを出させ、気分よくまた次の場所へ向かわせるのだ。

 最終的に手元のチップがプラスになれば、客はこの遊戯場に魅力を感じ、舞い戻ってくる。
 そもそもここへ来る者たちはある種の中毒者。

 勝敗の固唾を飲む瞬間に快感を覚えるのだ。
 そのため非公式の遊戯場に公正さを求める者は少ない。

 席にはロディアス以外、四人おり、皆チップをBETベツトしている。ロディアスが席に着いた時点でディーラーはルーレットを回した。
 すぐさま目についた場所へと、ロディアスもBETする。

「仮面の紳士と一緒にいたね。ここは初めてだろう」

「ええ、彼に連れてきてもらいました」

 隣の席の紳士が気安く声をかけてくる。
 口ぶりからすると常連なのだろう。ガイドのように遊技場のルールを教えてくれた。

 一番してはならないこと、それは喧嘩だそうだ。イカサマはある程度、見逃されるらしい。
 争いごとはすぐさま見とがめられ、店を護る黒服の男たちに会場から出されるとか。

「仮面の紳士は幸運の女神がついているらしく、どの台についても勝つよ。君もそうなのかな」

「そうだといいですけど」

(リュミザは遊戯場に詳しくないと言っていたが、ライックはたびたび来ているんだな。どうりであちこちから声をかけられるはずだ)

 ライックは現在、会場内で情報収集に勤しんでいる。それでも離れた位置にいるロディアスへの配慮も忘れていない。
 時折覗きに来てくれるので、ロディアスは目の前の賭け事に集中するだけでいい。

 ルーレットの球がホールに落ちるまで、のんびりほかの参加者たちとも他愛ない会話を交わす。
 遊技場の招待状は、必ずしも手に入るわけではないらしい。不規則に配られ、王都にある酒場でやりとりされるようだ。

 月に一度。そこを訊ね、自分宛の招待状が来ていれば参加できる。
 主催側で参加者の顔ぶれを調整しているのだろう。

「おお!」

 ロディアスが隣の紳士と話しているうちに何度目かの結果が出た。

「やはり運を持っているね」

 一度目、二度目、そのあともロディアスは順当にチップを増やしていった。
 二つ三つ台を移り歩き、さらに次の台へ移ろうかという頃にライックがやって来て、目当ての台を教えてくれる。

「あの台で景品になっているようです」

「皆が皆、競売に興味があるわけではないんだな」

 カードの台は少し人垣ができている程度。
 ゲームには四人まで参加可能で、前の者の持ち分がカラになったら、順繰りとゲームに参加できるようだ。

 ディーラーは目を見張るほどの美女だった。肉感的な体つきが、制服の上からでも見て取れる。

(なにも知らずにいたら、美女に群がった客にしか見えないな)

「軍資金は事足りそうですね」

「ああ、不思議とよく勝てた」

 チップの載ったトレイを見て、ライックは口元に笑みを浮かべる。いまのロディアスは換金すると大層、金持ちになるだろう。

「ではこのまま任せても大丈夫そうですね。わたしは情報収集に戻ります」

「負けても非難するなよ」

「大丈夫です。今日のあなたは愛されていますからね」

 肩をすくめたロディアスの背を叩き、ライックは再び人波に消える。
 彼の言葉に胸元へ視線を落とせば、キラリと一際大きな若葉色が輝いた。

「ようこそ、ミスター」

 それなりの人数だったが、台の順番はさほど待たなかった。
 脱落していく者たちばかりで、彼らはなくなったチップを取り戻すため、また別の台へと移っていく。

「お手柔らかに頼むよ」

「ミスターが幸運の女神に愛されますように」

 ロディアスが空いた席に着くと、ディーラーの女性にまばゆいばかりの笑みを向けられた。
 だがそんなものより、いまは別のことが気になる。ここでは〝幸運の女神〟と言うフレーズが挨拶代わりになっていた。

「レディー、不勉強ですまないが、幸運の女神とは太古の?」

「そうですよ。神族がわたしたちの崇拝対象であった頃の名残です」

「なるほど、神はすべからく人に富と知恵を与えたと言うな。ここでも皆に、すべからく富を与えられるようにという意味かな?」

「はい」

(この言葉が定着しているということは、ここは思ったよりも古くからあるのだな)

 神が人の創造主であった――と言うのは、ロディアスも書庫の文献を読んで知った昔語り。
 遊戯場で競売の招待状が手に入る。そう考えると、奴隷制度が廃された頃にこの地下ができあがったのではと推測できる。

「皆さま、カードはよろしいですか?」

 会話をしながら彼女の手でカードが配られていき、ロディアスは思うままにカードを変えていく。
 ディーラーがカードを配るたび、ゲームを降りるものも出てくる。

「ミスターは、女神にとても愛されているようですね」

 最終的にロディアスがカードをテーブルに置くと、ほかの者たちは苦々しい顔をした。
 そしてゲームが進むほど、ロディアスのチップが積み上がっていく。

 あまりにロディアスの改進が続くので、参加する者たちはどんどん及び腰になっていった。
 さすがに運だけではないと囁かれ出し、いつの間にか後ろに立っていた黒服の男たちに声をかけられる。

「ミスター、景品についてお話があります」

「――いいだろう。話を聞こう」

 席を立ったロディアスは視線を感じ、ふとその先へ目を向ける。
 ライックと視線が合ったため、頷いてから男たちのあとへ続いた。

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