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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第23話 残された手記

 朝食を済ませたあと、ロディアスとリュミザは地下書庫へと向かった。
 ベッドの上で一日だらだらは過ごせなくなったものの、リュミザはわくわくとした表情をしている。

 以前、ヘイリーからリュミザは学園で常にトップの成績だったと聞き、勉強が好きなのかと訊ねてみた。
 そうしたら本を読むのが好きで、物覚えがよかったからたまたまだと言われた、が。
 話を深く訊いてみると、年間の読書量は相当だ。好きという言葉には収まらない才能だろう。

「わぁ、立派ですね」

 ロディアスが書庫の扉を開いて明かりを灯したら、リュミザは喜びを含ませた声を上げる。
 隣を見れば、いつも以上に瞳がキラキラと輝いており、少年のような幼い表情を浮かべていた。

「古いものが多い。図書館にないものもあるかもしれないぞ」

「それは楽しみです」

「ここへ訪れたくなったら、いつでもウィレバに鍵を借りるといい」

「はい。――これが話に聞いていた書記具ですね。ふぅん、最新に更新されているみたいですね」

 あちらこちらと周囲を見ていた、リュミザの目に留まった検索の魔法道具。
 彼はしばらく書記具を見つめてから、そっと羽ペンや便せんを手に取り、注意深く眺める。

「リュミザは魔法道具について詳しいのか?」

「一応、技術師の資格を持っています」

「あんたは本当になんでもこなしてしまうな。このあいだの魔力石、というやつもとても助かった」

「ふふっ、愛を込めましたから。あれは魔法道具を作るのに必要な技術なんですよ」

「へぇ、世の中は知らないことばかりだな」

 魔法道具の仕組みなんて、聖王国の者しか知らないと思い込んでいた。
 思えば魔法省は聖王国の管轄だから、魔法道具を扱える者が神族以外にいてもおかしくない。

「魔法道具には必ず魔力石が使われているんです。道具を動かす動力になるんですよ」

「なるほど、確かに道具にも属性があるな。しかしこんな話、俺が聞いてもいいのか?」

「大丈夫ですよ。魔法道具は緻密な設計図を読まないと作れない代物ですし。そもそも設計図は聖王国にすべてあります。……でも、この書記具の設計図は、ここにあるかもですね」

「奥の部屋にあるかもしれないな。行ってみるか」

 当主と一族しか入ってはならない部屋だけれど、伴侶は入ることが可能だ。同伴という形なら先祖も許してくれるだろう。
 そう思いながらロディアスは書庫の先を指さした。

「僕もいいのですか?」

「構わないだろう。俺と一緒だしな」

「特別な感じがうれしいです」

 ぱあっと華やいだ笑みを浮かべ、抱きついてくるリュミザをロディアスは抱きとめる。
 会うたび男性らしい体躯になっていると気づき、不思議な感覚だった。

 背丈も最初はロディアスと同じくらいだったのに、いつの間にか追い越されている。

「ロディー?」

「いや、成長してるなと」

「そうなんです。最近、服がキツくて仕立て直してもらっています。やはり鍛錬しているせいだけではないみたいです」

「どこまで成長するのだろうな」

「元々が中性的でしたから、髭が生えたり、ゴツゴツとしたりはなさそうですけど。ロディーは逞しい男のほうがいいですか?」

 ふいの問いかけにロディアスはしばらく考えた。
 男性らしくなっても美しさは損なわれないだろうが、できたらいまくらいの青年らしい体躯がよい。

 リュミザの美しさは魔力だけに留まらず、容姿もロディアスにとって心の潤いだ。

「いまくらいがいいんじゃないか? あとちょっと筋肉がつけば剣が扱いやすいだろうが」

「ロディーの好みに合うよう、この体型を維持します」

 力こぶを作って見せるリュミザに、ロディアスは苦笑する。
 やはりぱっと見た感じでは可憐さがあるので、まだまだ可愛らしい。

「無理のない範囲でいいぞ。さあ、部屋に行こう。俺もまだ入っていないんだ」

「秘密の部屋みたいでドキドキしますね」

 書庫の奥の扉は壁の色と似ており、ひっそりと目立たぬ存在だ。
 扉の前に立ち、ウィレバから預かった専用の鍵に、ロディアスは自身の魔力を込める。すると鍵は見る間に姿を変えた。

「鍵も魔法道具なのですね」

「そのようだな。ますますハンスレットの成り立ちが気になる」

 鍵穴に、姿を変えた鍵を差し込みゆっくりと回す。
 それとともにガチャンと少し重たい音が響いた。思ったよりも重厚な扉だったのだろう。

 ノブに手をかけ開けば、今度はギィッと蝶番の軋む音が響く。
 ロディアスの両親が亡くなってから八年、閉ざされていた扉がようやく開いた。

「長らく人が入っていないのに埃っぽくないですね」

「ああ、毎日空気の入れ換えがされてるかのようだ」

 部屋は大きな一間。地下なので窓はないが、扉を開いたら明かりが灯った。
 壁一面に本棚があり、衝立には地図が貼られている。少し地形が違うため、おそらくいまよりも古い地図だ。

 ほかには書記具の設計図も無造作にピン留めされている。
 部屋の中には立派な執務机とソファもあり、倉庫というよりも、誰かが昔ここで過ごしていた気配を感じた。

 室内に入っているあいだ、鍵は所定の位置に置くよう、ウィレバに言われていた。
 執務机にある小さなトレイの上へ、丁寧に鍵を横たえれば、本棚近くの照明がぱっと灯る。

「本の背表紙がよく見えますね」

「この部屋を作った人は、よほど本が好きだったのだろうな」

 明るくなったおかげで、本棚のそばにいくつも椅子が置かれているのがわかる。
 手に取った本をその場で、ゆっくりと閲覧できるようになっているのだ。

「ロディー、この方たちがご両親ですか?」

 先に部屋の中を歩き回っていたリュミザがふと声を上げる。
 傍まで行くと、部屋の片隅に肖像画が置かれていた。懐かしい両親の姿に、ロディアスもさすがに胸が詰まる。

「素敵なお二人ですね。ロディーはお父上似で、色を母君からいただいたんですね」

「そうだな」

 ロディアスの父は淡い金髪に空色の瞳。
 母は赤髪に海色の瞳だ。
 男性らしい面立ちは昔から、父にそっくりだと言われてきた。

 小さなテーブルの前に、立てかけられた肖像画をしばし見つめてから、ロディアスは二つの手帳に気づく。
 一つはまだ古めかしさを感じないが、もう一つは革張りの表紙が少し色褪せていた。

 テーブルに並んで置かれたそれらは、ロディアスを待っていたようにも感じる。

「これは母の手記か。こちらは……遠縁の家門だな」

 両方を手に取り、ロディアスはサインを確かめる。
 古ぼけた革張りの手帳も女性とおぼしき文字で書かれた手記だ。こちらも気になるけれど、まず先に母親の手記を開いた。

「僕はほかを見てきていいですか?」

「――構わない」

 リュミザの小さな気遣いだろう。
 そっと傍を離れていく彼を見送り、ようやくロディアスはページを捲る。

 そこには母らしい綺麗な文字で領地について綴られていた。
 内容のほとんどは教わった覚えがある、ハンスレット家の事柄やしきたり。だけれどこと細かに、丁寧に誰が見ても伝わるように書かれている。

 そして最後に一文。わずかに掠れた文字で、ロディアスの健康を願い、いつでも息子を愛していると残されていた。
 もしかしたらなくなる少し前に書き足したのかもしれない。涙をこぼしたような痕がある。

(母が亡くなったのも急だったな)

 温かな春の日だったので、父が迎えに来たのだろうと誰しも感じた。
 手記はこれで終わりと思い、閉じようとしたロディアスだけれど、まだ一ページ残っている。そこには革張りの手帳について書かれていた。

(国の裏側を見ることになる、か。散々目にしてきたが、それでも前置きするものとはなんだ?)

 興味を引かれ手帳を開いてみると、几帳面な性格が表れた文字で綴られている。手帳の持ち主は母の乳母であった女性のようだ。
 ロディアスは記憶にないので、おそらく物心つく頃にはすでにいなかったのだろう。

 彼女の手記には母だけでなく父の日常も綴られている。
 はたから見ても仲のいい夫婦だったのがわかり、ロディアスは微笑ましい気持ちになった。

 しかしロディアスが生まれてしばらくすると、乳母の文字は感情的に乱れ始めていく。
 そこに書かれていた事実に、ロディアスは目を見張った。

 ――娘が陛下の子を身ごもった。

 すぐさま頭の中で計算がされ、乳母の娘が誰を身ごもったのか、ロディアスは気づいてしまった。

(ルディルとカルドラ公爵は年子じゃないのか。前王妃がルディルを身ごもっているあいだのことだろうな)

 ここでようやく理解できた。カルドラ公爵がなぜ大公家を気にかけるのか。優秀である彼があえて日陰にいる理由がわかる。
 公爵は前王妃の侍女が産んだ婚外子だったのだ。

 書かれているのが事実なら、前王妃はカルドラ公爵を徹底的に視線から排除しただろう。彼女はひどく自尊心の高い女性だった。

 浮気相手の子に情けをかけるなどありえない。

 続きを読むと公爵の母親は、産後の肥立ちが悪く、早くに亡くなったそうだ。
 手記を読み進め、ページを捲ると――子どもの名前が記してある。

 ペリィニ、そしてラィーク、男児の双子だ。

(これは、若干綴りが異なるけれどあの二人の名だろう。ライックは金色の髪と緑の瞳を持たないから、王家に取り上げられなかったんだな)

 どういった経緯で、ライックが公爵の影となったのかはわからない。しかしそこはロディアスが深掘りすべき事情ではないだろう。

(二人に会った印象では、お互いに信頼を置いているように思えた。きっと悪い関係ではない)

 祖母にあたる女性も、ライックは物静かな子だけれど心根の優しい少年だと記している。

(これを読むと、公爵が俺を見かねたという、リュミザの見解は正しかったようだな)

 カルドラ公爵が今回、重たい腰を上げた理由――彼は自身の母親と同じように王家に人生を狂わされた、ロディアスに心を傾けてくれたのだ。

 他人事ではないと、立ち上がるには十分な根拠だ。

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