送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!
愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第27話 ひとときの時間

 余韻が残るような倦怠感。
 いまは息を整えるのも苦労をする。
 だと言うのに一滴残らずすすり舐められ、ロディアスはピクンと体を震わせた。

「ロディーの艶っぽい表情だけでも心が潤います」

「……リュミザ、あんたは」

 文句を言おうにも脱力感がひどく、その先を続けるのも面倒になってくる。
 元凶の男は律儀に口をゆすぎ、しかめっ面をするロディアスの頬へ口づけを落とした。

「しばらく動きたくない」

「まだ時間があるので大丈夫ですよ。それよりロディー、僕は気づいたのですが」

「なんだ?」

「濃い体液って魔力を含むのですね」

 ぺろりと舌なめずりしたリュミザは、手についた汚れまで綺麗に舐める。
 その仕草がやけに色気を醸し出し、ロディアスは止める言葉が見当たらなくなった。

「僕のモノを注いだら、ロディーは少し元気になるかもしれませんね?」

「いまはやめろ」

 ぼーっとしている間に、またベッドへ乗り上がってきたリュミザに見下ろされる。
 とっさにロディアスが手を突き出すと、彼はくすりと笑った。

「さすがに僕もそんなことできません。今日の任務なんか忘れちゃいそうです」

「はあ、あんたが暴走しない冷静な男で助かったよ」

「もちろんです。あなたを愛してますからね」

「ありがたい話だ。……水が飲みたい」

 会話をしているうちにいくぶん体が楽になる。
 水差しを指させば、リュミザはロディアスの体を優しく起こした。そして自身で水を含み、ロディアスへ口移しをする。

(体液ってことは唾液でも効果があるんだろうな)

 何度も水を与えられ、十分に満足すると、ロディアスはリュミザの口の中を貪る。
 すると意図に気づいたらしい彼は、舌を絡め、唾液を含ませてきた。

「……そういえば、船に乗るとき、なにか受け取っていたな」

「ええ、開催の合図を知らせる魔法道具ですね」

 散々熱い口づけを交わし合ったあと、平常どおりな問いかけをするロディアスに、リュミザは苦笑しながらも答えてくれた。

「おそらく時間になると光が点滅する仕組みでしょう」

 リュミザが懐から取り出して見せたのは、親指大ほどの小さな装飾品。
 カフスボタンとしてつけられるようになっており、台座に赤い石がはめ込まれている。

 あとで回収するのだろうが、船内一帯に効力を発揮するのなら相当貴重なものだ。

「急く必要はないですよ。僕たちの目的は精霊鳥です」

「しかし捕らわれている者たちもいるのだろう?」

「心配せずとも、他国へ売り飛ばされる前にほかの者たちがなんとかします」

「そうだな。船から逃げ出すのは難しい」

 いまこうしているあいだも、恐ろしい思いをしているのではと心配になるけれど、ここは海の上。
 たとえ檻から抜け出しても岸へたどり着くのも困難だ。

 だからこそ〝海〟なのだろう。

 どんな屈強な男でも海に放り出されれば、生死は運に委ねられる。
 捕らえられているのがか弱い女性なら、ひとたまりもない。

「精霊鳥の雛はどの程度の大きさなのだろうな」

「おそらくですが一抱えくらいだと思います」

「意外と小さいな」

 成鳥は身の丈を超えるほど大きいと文献にも書いてあった。
 雛がそこまで小さいのは驚きである。

「ほかの競売が進んでいるあいだに裏へ忍び込むのか?」

「そうです。精霊鳥はメインイベントでしょうから」

「甲板まで出られるかどうかが重要だな」

「時間との勝負になりそうですね」

 いくら船内の構造や人員配置が頭に入っていても、流れていく時間の中でいかようにも変化する。
 こうした潜入は的確な動きと速さが求められるのだ。

「始まるみたいですね」

 二人でこれからの行動について話し合っていると、いままで単なるカフスボタンであった物が、チカチカと瞬いた。
 近距離でなければ気づかないほどのまたたきなのがまた、よく考えられている。

「準備をしよう」

「もう、大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ。あんたのおかげでだいぶ楽になった。助かった」

 リュミザの問いかけには二つの言葉が含まれている。
 無体な真似をされた体と、海の上を恐れていた気持ち。
 気恥ずかしくて素直に礼は言えないけれど、いつの間にかすっきりとしていることに、ロディアスは気づいた。

「ちょっとばかりしわになったな。まあ、いいか。これから汚れもするだろうしな」

 乱れたシャツを直してタイを結んだら、首筋にいくつもあった、独占欲の証しが見えなくなる。
 わずかに寂しい感情が湧いたものの、気づかなかったふりをし、ロディアスはきっちりと衣装を整えた。

「ライックが競売場へ入ったようです」

「位置がわかるのか?」

「ええ、先ほどの物と似た仕組みです。共鳴石――対となる石同士が互いを呼び合うのです」

「世の中には知らないものが多いな」

「こういった、魔法道具は最上級品ですからね」

「なるほど、一般には出回ってないんだな。さて、そろそろ動くか」

 立ち上がり、ロディアスはぐっと伸び上がって体をほぐす。
 リュミザの言うとおり、体液は魔力が含まれるのかもしれない。先ほどまでよりも明らかに体が軽い。

(唾液だけでこれほど効果があるのか)

 調子のよいときならばあまり感じないだろうが、最近体調を崩したロディアスにはよく効いたようだ。

「ロディー、これを持っていてください」

「これもまた驚きの品だな」

「使う機会がないといいのですが、万が一もあります」

 身繕いを整えたリュミザに渡されたのは、手のひらほどの長さがある短剣。
 一見するとなんの変哲もない刃物だけれど、魔力を込めれば長剣になる。こういった物は魔力消費が激しいが、いざというときに役立つだろう。

 ロディアスは鞘に収まった短剣を、上着の内側へ忍ばせた。

「精霊鳥を逃がしたあとは船を下りるのだったな」

「ええ、船尾に付属の小型ボートがあります」

「では互いの健闘を祈ろう」

 二人で拳を突き合わせ、頷き合うと仮面をつける。
 ここからは細心の注意が必要だ。参加者として数えられているため、まず競売場に一度、入らなくてはいけない。

 そこから喧騒に紛れ、舞台裏へ忍び込む。

「行きましょう」

「ああ」

 準備が整い、ロディアスたちは部屋の外へ出た。
 本来の予定であれば、決められた集合場所で案内人に、競売が開かれるホールへ誘導される。

 ――のだが、なにやら上が騒がしい。
 リュミザと顔を見合わせたロディアスは、近くを通りかかった警備の者を捕まえた。

「おい、上が随分と騒がしいが、なにがあった?」

「おっ、お客さまは部屋でお待ちください」

「俺はなにがあったか聞いているのだが」

「……大きな鳥が船の上を旋回しているのです」

「大きな、鳥?」

 思わずリュミザと二人、声を揃えてしまった。
 それを戸惑いと捉えたのか、警備の男は「部屋は安全です」と戻るよう促し、足早に去って行く。

「精霊鳥の親が来てしまったんじゃないか?」

「おそらくそうでしょう。……ロディー、雛を頼めますか」

「いいが、あんたは?」

「僕は精霊鳥をなだめてみます」

「わかった。なるべく早くそちらへ行く。無理は、するなよ」

「ロディーも困難と感じたら逃げてください」

 視線を合わせて頷き合うとロディアスは地下へ、リュミザは地上へと急いだ。

(この様子なら競売場を通らなくてもいけるか)

 入り口である隠し扉の付近では、警備と客で揉めごとが起きている。競売自体は現在、中止となっているのだろう。
 探知の役目を果たす、カフスボタンはリュミザが持っているので、警備と鉢合わせしなければ気づかれる可能性は低い。

(敵の船に潜入したときのような気分だな)

 息を殺し、足音を消す。
 警備の者に遭遇すれば、遠慮なく意識を奪わせてもらった。
 思ったよりも動ける自身に、驚くのと同時に、ロディアスはリュミザのことばかり思い浮かんだ。

(精霊鳥は言葉が通じるんだろうか。大丈夫だろうか。……気になるが、いまは任務遂行が先だな)

 頭に入れておいた地図を頼りに、ロディアスはどんどんと奥へ進んでいく。
 たどり着いたのは頑丈な扉の前。

 扉につけられている鍵は見るからに堅牢な作りで、一瞬どうすべきか悩んだが、手っ取り早いのは身体強化だ。
 これは軍人が最初に覚えさせられる初歩魔法。

 うっかり力を込めすぎ、扉に穴が空いたけれど、ちょうどいいと内側に手を差し込む。
 そして鍵を難なく解錠し、ロディアスは暗い室内へ足を踏み入れた。

(人の気配がないな。いくら甲板で騒ぎがあったとは言え、手薄なのはおかしい)

 硬い床の上で足音を立てぬようゆっくりと進む。
 するとまた扉があったけれど、こちらは先ほどのような頑丈な作りではない。鍵も掛かっていないようで、注意を払い侵入した。

 室内にすすり泣く声が響いている。
 暗闇に目が慣れてくると、そこかしこに大きな檻が置かれていた。内側からは人の気配や動物のような鳴き声がする。

(通りすぎるのは忍びないが、いまはその時じゃない)

 彼らに悟られぬよう、ロディアスは気配を消して進んだ。そしていくつかの扉を抜け、地下の最奥にたどり着く。

コメント(0件)

読み込み中...