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愛をなくした大公は精霊の子に溺愛される

第32話 半身を取り戻す

 試練は夢だったのか、現実だったのか。ロディアスは目を覚ました。
 視界に映ったのはいつもと変わらぬ天井、だけれど――これまでは片眼しか景色を写さなかったのに、両目に色彩が飛び込んでくる。

「現実、か」

 ぽつんと呟いたロディアスの声はひどく嗄れている。
 喉の渇きを覚えて視線を動かすと、ベッドにもたれヘイリーが眠っていた。驚いて体を起こそうとするロディアスだが、体が軋むように重く、身じろぎするしかできない。

「父上?」

 ロディアスの動きでわずかにベッドがたわみ、その振動で目を覚ましたのだろうヘイリーが、まぶたを擦り、身を起こした。
 そしてロディアスが目覚めていることに気づくと、大きく目を見開く。

「父上、よかった! ウィレバ! 父上が目を覚ました」

 あまりの驚きように、さすがのロディアスも気づいた。眠っていたのは一晩などではないのだろう。

「ヘイリー、あれから何日だ?」

「十日です。十日も目を覚まさなかったのですよ! 心配をしました」

 ぎゅっと手を握ってくるヘイリーの指先が震えている。

「心配をかけてしまったようだな」

「あっ、お水がほしいですよね」

 掠れたロディアスの声に気づいたヘイリーは、サイドテーブルからぱっと水差しをとる。渡されたもので喉を潤すと、ロディアスはほっと人心地がつけた。

「十日でなにかあったか? リュミザはどうだった?」

「ふふっ、安心してください。兄さまは帰ってきました。ただ……」

「なにか問題が?」

「会えばわかると思います。いま主治医と兄さまを呼んできますね」

「ああ、頼む」

 ロディアスの返事を聞き、すくっと立ち上がったヘイリーは足早に部屋を出て行く。
 そんな後ろ姿を見送り、一体リュミザになにがあったのだろうかと、ロディアスは首を傾げた。

「リュミザになにか問題があるのだろうか。あの時はいつもと変わらなかったが」

 夢うつつの中で、ロディアスは走り寄ってくるリュミザを見た。しかし一瞬ではあったけれど、特別変わった部分はなかったと記憶している。
 会えばわかると言われても、さっぱり想像がつかなかった。

「ヘイリーの様子では五体満足なのは間違いない。会ってから考えればいいか」

 とりあえずいまは眠っているあいだに失った水分をとろうと、ロディアスはベッドサイドの果実を手に取り、口に運んだ。
 みずみずしい果汁が口の中に拡がる。

 一通り食べ尽くしてから、起きたばかりでこんなに食べて大丈夫だろうかと気づいた。
 とはいえ体が欲していたのだから仕方あるまい。

 戦の最中はろくに食事が取れなかった経験もある。繊細さからは無縁だと、ロディアスは自己判断して終わった。
 外の静けさに耳を澄ませてみると、秋の虫が音を響かせている。どうやらいまは陽の落ちた遅い時間帯のようだ。

「閣下、お目覚めになって本当によかった」

 ヘイリーが席を立ち、最初にやってきたのは主治医とウィレバだった。ロディアスは高熱にうなされ、そのあと昏睡状態だったとか。
 魔力が枯渇して、いっときは危なかったと言われる。

(夢のようだったが、やはり現実と繋がっていたんだな)

 こと細かに診察や問診をされたが、驚くべきことに――失われていた魔力がロディアスの体に行き渡っているらしい。
 寝たきりで体はわずかに衰えているが、いまのロディアスであれば、回復が早いだろうと言われほっとした。

 さらに右目は色の濁りもなく、健常そのもの。奇跡的だと絶賛された。

「ところで、リュミザになにかあったようだが知っているか?」

「リュミザさま、ですか。そうですね。なにかあったと言えばありましたが、お会いになるとわかりますよ」

 いつまで経ってもやってこない、リュミザが気になってウィレバへ訊ねたら、ヘイリーと同じ言葉を返された。
 父親であるシュバルゴに似て、あるじに忠実な彼がこう言っているのだから、やはり些細な出来事なのだろう。

「ならば、本人に会って確かめるしかないな」

「そうされるのがよろしいかと」

 しかし主治医が下がり、いくら待ってもリュミザは姿を現さない。
 仕方がないのでロディアスは黙って待つのももどかしいと、ウィレバに湯浴みの支度を頼んだ。

 リュミザに会うのに、十日分の汚れを残した状況というのは気恥ずかしい。
 抱きしめたときに匂うのも格好がつかない。

「俺が不在のあいだ、なにごともなかったか?」

「ないとは言えません。国王陛下の退位が決定しました」

「ルディルの? 随分と早い話だな。聖王国からの圧力か? リュミザの濡れ衣は?」

「濡れ衣は晴れました。聖王国から我が国と帝国へ書状が送られ、皇太子が命を狙われた真偽を問われました。結果、帝国側で命を狙われた事実はないと」

「なるほど、狙われていたと狙われた、では大きく違う」

 浴室で温かな湯に浸かり、ロディアスは心地いい温かさと、リュミザの嫌疑が払拭された安心感で息をつく。

「もっと子細を教えてくれ」

「かしこまりました」

 ロディアスの背を流しながら、ウィレバはことの顛末を簡潔に伝えてくれる。
 暗殺未遂の証拠が一つも挙がらず、リュミザを計画的に殺害したとされたルディルは、臣下から退位を迫られた。

 当初は反発していたものの、聖王国と帝国から圧力をかけられ、退しりぞく結果になったそうだ。
 王位は順当に考えて、カルドラ公爵がふさわしいと国内からの推挙が多かった。

 次期継承は大公位を鑑み、ロディアスの名前も挙がったらしい。だが病でとこに伏している状況を慮り、最終的に公爵が後を引き継ぐ結果となったのだ。
 席の空いてしまった魔法省のトップには、聖王国から派遣された者が就くとか。

 王太子を任命していなかったことが仇となり、第二王子は継承権から外され、王太子は公爵の息子と決まった。
 ルディルの血筋に王位は譲らないと国は決断したわけだ。

 今後、ルディルたちは中央から遠ざけられる。
 リュミザが生きているおかげで、大罪とならなかっただけマシだろう。いまほどの贅沢はできなくとも、不自由なく辺境で暮らしていける。

「ここまで大きく国が動くことになるとは、俺も驚きだ」

「ええ、これからが正念場となるでしょう。聖王国に見張られる状況ですし」

「公爵なら問題ないだろう。あんな国王でも豊かに栄えている我が国だ。補助ができる有能な者は多い。落ち着いたら公爵に一度会わなくてはいけないな」

「もう少し、体力が戻られてからにいたしましょう」

「ああ」

(なにはともあれ、国の安泰とリュミザが無事ならそれでいい)

 すっきりと体を洗い上げられ、寝室へ戻る際、リュミザが待っていると言われてロディアスは急ぎ足になる。

「リュミザ!」

 なぜだか暗い室内。
 窓際に人影を見つけ、ロディアスはそこにいるだろう彼へ呼びかける。しかし反応を見せたわりに、椅子から立ち上がることもせず黙ったままだ。

「どうした? 部屋の中でそんなものを着て」

 近くまで行くと、リュミザはローブをまとい、フードを深く被っていた。訝しく思いながらも肩へ手を置くと、ビクッと跳ね上げる。

「なにかあったのか?」

「――ロディー、どんな僕でも嫌いになりませんか?」

「あんたが俺のリュミザである限り、嫌いになりようがないが?」

「本当ですか?」

「嘘をついてどうする。せっかく一段落したんだ。早くこちらへ顔を見せろ」

 向き合うのをためらうリュミザの肩を引くと、彼のフードがはらりと落ちる。
 いつもとなんら変わりないのでは、と思ったロディアスだったが、まごつくリュミザの原因に気づいた。

「随分と、神秘的な色になったな」

「嫌、ではないですか? ロディーは僕の髪が美しいと言っていたのに」

「いいじゃないか。精霊らしく、こちらも美しいぞ」

 肩先で揃えられたリュミザの髪は、月明かりが透き通るほどの白銀色になっていた。
 窓を背にしているから余計に煌めいて見え、神々しさが増している。

「リュミザはあの色、さほど好きじゃなかっただろう。ちょうどいい」

「よかった。気に入らないと思われたらどうしようかと」

「俺が些細なことであんたを嫌うと? 俺は見た目がよくてあんたを好いたわけじゃない」

「僕のロディーはなんて懐が深いんだ! 目覚めて、本当によかった」

 ようやく妙なためらいから抜け出したリュミザが、いつもの調子になる。
 椅子から立ち上がり、すぐさま抱きついてくる彼は、温かな頬をすり寄せてきた。

「待ってろと言われたのに、待たせてしまったようだな」

「一日が千日のように感じました。おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 抱きつかれてわかる、リュミザの体が大きく男性らしく変化しているのが。
 腕を回し、抱きしめ返せば中性的だなんて言えないほどだ。

 すり寄るリュミザはロディアスの鼻先に口づけを落とし、そのまま唇までたどり着く。
 優しく触れる唇が愛おしく、ロディアスはきつく彼の背を抱いた。

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