はじまりの恋

Feeling03

 しんと静まり返った空間に、踊り場の隅に置かれた室外機のモーター音だけが響く。わずかに外灯の光が漏れ射し込むだけのこの場所が、やけに静けさを助長する。「……藤堂」 薄暗い闇に溶け込んで、見えなくなってしまいそうな不安。自分を抱き締める藤堂を…

Feeling02

 バスを降りてなに気なく空を見上げると、すっかり日は落ちて月が顔を出し始めていた。「……っ」 いつまでもぼんやりとそれを眺めていたら、軽いクラクションを鳴らしてバスは背後を通り過ぎていく。走り去ったバスの風圧で辺りに風が舞い起こり、散った埃…

Feeling01

 いつの間にか日が傾き始めた窓の外をぼんやりと眺める。そして時折、一人、また一人と会議室を出て行く生徒たちの声に、お疲れ様と返しながら、僕は手元の書類を片付けた。 創立祭も間近に迫ると、そろそろすることがなくなって来た。いまは放課後の一、二…

ヒヨコの受難

 そろそろ昼休みも終わる頃。ほんの少しざわめく窓の外を横目に、俺は準備室をあとにした。そしていつものように渡り廊下を過ぎ、中二階の踊り場から二階へと続く階段に向かう。しかし踏み出そうとしたその足がふいに止まった。「……」 目の前で手摺りの陰…

引力

 誰かを好きになるのは心に不思議な引力があるから。気づけば相手の心に、自分の心が惹き寄せられている、そんな感じ。でも惹き寄せられるのは一瞬なのに、その引力が失われるまでは、そこから離れることは難しい。 いつまでも繋がっていたいと想いは強く残…

ランチタイム

 いつもは準備室にこもってしまいがちな昼時。今日は珍しく外に出ている。そこは以前、三島に連れられてきた食堂裏のカフェテラスだ。ただそこのテーブルは少し手狭だったので、校舎から離れた芝生でシートを広げ、天気もよくちょっとしたピクニック気分。「…

休息13

 薄いカーテンの向こうから差し込む月明かりに照らされた肌。そこに形のいい鼻梁と長い睫が影を落とす。そして長い睫が呼吸に合わせて時折微かに揺れる。 いつもはじっとこちらを見る目が瞼の下へ隠されている、ただそれだけなのに普段よりずっとその雰囲気…

休息12

 彼は急に押し黙り視線をそらすと、眉間にしわを寄せ俯いてしまった。そんな姿を俺は訝しげに見つめる。「佐樹さん?」 俺はなにかおかしなことを言っただろうか。高々ロング缶のビール五本程度で酩酊しないが、久しぶりに飲んだので思ったより回っている。…

休息11

 不安は相手に伝染してしまうものなのだろうか。近づけば近づくほど、相手が見えなくなってしまうことがある。触れ合う心の面積が増えるほど心の死角も増えて、それがいつしか大きな壁になる。そして気がつけば、傍にいるつもりが遠く離れて指先も届かなくな…

休息10

 ふとした瞬間。相手の心の内側が見えたらいいのにと、思ってしまうことがある。触れられない見えない場所を見つけて心許ない気持ちになる。「藤堂」「……どうしたの佐樹さん」 呼び止めればなに気ない顔をして振り返る。変わらない、いつもと変わらないよ…