Feeling03
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 しんと静まり返った空間に、踊り場の隅に置かれた室外機のモーター音だけが響く。わずかに外灯の光が漏れ射し込むだけのこの場所が、やけに静けさを助長する。

「……藤堂」

 薄暗い闇に溶け込んで、見えなくなってしまいそうな不安。自分を抱き締める藤堂を、繋ぎ留めるかのように、僕は腕を伸ばしその背を抱き寄せた。

「あいつが、なにか言ったんですか」

 なだめるように髪を撫で、背をさする藤堂の手がひどく温かくて、僕はたまらず肩口に額を押し付けた。

「違う。見ていればわかる」

「自分のことはまったくなのに」

「お前を見ている奴は、みんな気づく」

 ため息交じりに呟く藤堂の背中をぎゅっと掴むと、肩の上にほんの少し重みを感じる。横目でその先を見れば、藤堂が僕の肩に頭を乗せ俯いていた。
 艶やかな髪先から覗く耳や首筋が、薄明かりの中でもわかるほどに赤く染まる。

「どうした?」

「……あなたが可愛過ぎて、どうにかなりそうです」

 俯いたまま深いため息を吐いた藤堂に目を瞬かせれば、髪を梳きそこへ口づけられた。

「わからなければ、いいです。俺が堪え性がないだけですから……多分」

 少しだけ緩んだ腕の力に首を傾げると、藤堂は扉にもたれながらその両手を僕の腰の辺りで組んだ。それに習い、同じように腕を下ろせば、やんわりと微笑んだ藤堂の唇が額に触れた。

「なあ、藤堂。本当のところどう思ってた?」

「なんでそんなに気になるんですか。俺はずっと佐樹さんが好きですよ」

「……ん」

 眉をひそめた藤堂の目をじっと見つめると、彼はふいに困ったような笑みを浮かべた。

「俺も相当ですけど、佐樹さんも心配性ですね」

「あ、悪い。鬱陶しい、よな」

 それは――痛いほどわかっている。けれど、なんとも言いがたい感情がこみ上げて、胸がずしりと重くなる。

「最初に言っておきますけど。俺はいまもそれ以前もあなただけですから」

「ああ」

 念を押すように僕を見つめる藤堂の視線から、つい逃げて俯いてしまった。そんな僕にほんの少し肩をすくめ藤堂は笑う。

「……あいつの気持ちは知っていましたよ。でも、向こうも多分それに気づいてはいたんじゃないですかね」

「えっ」

「けど、俺はあいつに対してそういう感情はなかったので……お互い、異種的な恋愛観の持ち主じゃなければ、いい友人くらいには、なれたのかもしれないですね」

 驚いて跳ね上がった僕の肩に腕を回し、藤堂は小さく笑いながらそれをゆっくりと自分の肩口へ引き寄せた。

「本当になにも思わなかったのか?」

「……そうですね」

 思わず詰め寄るように胸元を握れば、ほんの一瞬だけ、呆れたような眼差しがこちらを見下ろした。

「悪い、やっぱりいい。みっともないよな」

「別にいいですよ。それだけ佐樹さんが俺に執着してくれてるってことでしょう?」

「いま、呆れただろう」

 先ほどの目を思い出すと、胸の辺りがざわめき、自分の感情があまりにも幼稚で、恥ずかしくて、逃げ出したくなる。

「呆れたと言うか、びっくりしたが正解ですね。そんなに泣きそうな顔で言われたら、冥利に尽きると言うか、いますぐにでも攫ってしまいたい」

「え?」

 思いがけない言葉に顔を上げると、至極優しく微笑む藤堂の顔が目の前に迫った。それに驚く間もなく唇を塞がれれば、息すら絡め取られてしまうのではないかと思うほど、深い口づけに捕らわれた。

「ん、……ん」

 鼻から抜けた自分の声に、身体の熱が一気に顔に集中したような気がする。しかし縋るような甘さを含んだそれを、耳を塞いで遠ざけたいと思っていても、藤堂の背中にしがみつくので精一杯だ。けれど頭がぼんやりとして、息苦しくてたまらないのに――ひどく満たされてしまう。

「大丈夫ですか?」

 ゆるりと離れていく唇を名残惜しげに視線で追えば、再びそれが近づき軽く啄むように触れる。口元で鳴る小さなリップ音に思わず身体が震え、力が抜けた。

「すみません。あまりにも可愛かったので、つい」

「……馬鹿」

 急にぐったりとした僕に、ほんの少しうろたえたような声を上げる藤堂。その顔を上目で睨むと、もたれた身体を隙間がなくなるくらい強く抱き寄せられた。

「心臓に悪い……死にそう」

 ぼそりと耳元で呟く藤堂の独り言に首を捻るが、それは深く長いため息でうやむやにされてしまった。

「藤堂は、峰岸のことを可愛いとか思ったことあるか?」

「……は?」

「は、じゃなくて」

「え?」

 僕の一言で、時が止まったかのように瞬きを忘れ、藤堂が固まった。
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔――彼のそんな顔を久しぶりに見た。確かに突然そんなことを聞かれれば、驚かずにはいられないとは思うが。

「なにをどうしたら、そういう質問が出るんですか」

「なんとなく。峰岸って懐かない猫みたいだろ? それが自分には甘えてくるの、可愛いって思ったりしないか」

 ひどく険しい顔をする藤堂に首を傾げれば、目を細められ、ますます眉間にしわが寄る。

「……まさか、思ったりしてるんですか?」

「ん、まあ。たまに」

 顔をひきつらせている藤堂に小さく頷くと、うな垂れたように肩を落として、藤堂は重たいため息を吐き出した。

「なんで急にそんなこと聞くんですか」

「藤堂は甘えられるのに弱いのかと思ったから?」

 身近にいる人間の感情に藤堂は敏感な気がする。自分が見ている範囲だけで、普段の彼はほとんど知らないが。多分、懐に入れた人間にはすごく優しい気がした。

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