はじまりの恋

邂逅18

 ふいに意識の片隅で、小さな音が響いた。「……ん?」 その音でぼんやりとした頭が徐々に冴え始めた。身じろぎして重たい瞼を持ち上げれば、使い慣れた枕に顔を埋めている自分に気づく。「あ、れ? いつ寝たっけ」 しっかりと肩までかけられた布団から腕…

邂逅17

 二人で買い物袋を携えて帰宅すると、藤堂は少し遠慮がちに部屋へと上がり、一瞬リビングの中に視線を走らせた。そんな様子に僕は首を傾げながらも、彼を促しキッチンへと足を向ける。「とりあえず弁当以外は冷蔵庫に入れていいか」「そうですね」 晩飯はす…

邂逅16

 藤堂に手を引かれ歩く道は確かに人通りが少なく、すれ違うこともほとんどなかった。しかし時折通り過ぎる人に、慌てて手を離しそうになり、そのたびに藤堂の手でそれを握りしめられ阻まれる。 手を引かれ駅前の表通りを歩いていたことを考えれば今更なのだ…

邂逅15

 驚きの表情を浮かべたまま、目を丸くして固まった藤堂の背を、僕は広げた両腕で強く抱きしめる。耳元で聞こえる早い心音は、いまはどちらのものかわからない。「これもやっぱり傲慢、かな」 ぎゅっと強く背を握ると、小さな笑い声と共に身体を抱き寄せられ…

邂逅14

 藤堂に触れると無条件に安心してしまう。そのたび、本当に自分は彼でなければ駄目なのだと思い知る。こうして藤堂と一緒にいるようになるまで、出会いがなかったわけじゃない。 でも藤堂に初めて会った時のような、一緒にいたいという気持ちにはならなかっ…

邂逅13

 我に返った僕は慌てて建物内へ戻り、生徒の受付口へ走った。そしてあまりにも必死な形相で現れた僕に、受付をしていた同僚の女性たちは目を丸くしてこちらを見つめ返す。「西岡先生? どうしたんですか」「い、いま」 息が上がって言葉がうまく話せない。…

邂逅12

 けれどまた、不思議な巡り合わせで彼と出会った。彼を想うとそれと共に彼女の記憶が甦って来た。似たところなどない二人だったが、あの日の出来事と彼が密接な関係だったからだ。そしてあの日のことを思い出してしまえば、雪の降った夜に僕が追いかけたのは…

邂逅11

 僕の視線に振り向いた彼は、戸惑う僕を労るように優しく笑う。でもぽつりぽつりと語る声はどこか寂しげで、彼の心を思うと喉の奥がひりひりと熱くなってくる。子供らしくない愁いを含む眼差しは、背伸びをしているわけでも、元から持っているわけでもない。…

邂逅10

 ポツリポツリと小さな雨粒が頬へ落ち、僕はその冷たさに目を瞬かせた。気づくと僕は、道路の真ん中で一人立ち尽くしていた。行き交う車の流れは速く、どうやってここへ来たのかさえわからない。真っ暗な空の下、煌々と灯る光の渦に飲み込まれ、身体がふわり…

邂逅09

 あの日は朝からひどい雨だった。いま思えば、薄暗い空と息が詰まるような湿気た空気が、さらに彼女の機嫌を損ねていたような気がする。「みのり、どこに行くの」 玄関で見つけた後ろ姿に、訝しく思いながら声をかけると、彼女はなぜかいまにも泣きそうな顔…