はじまりの恋

疑惑02

 建物内に入る時も受付に守衛がいたが、なにやら戸塚さんが通行パスらしきものを見せるとすんなりその前を通り過ぎることができた。 長い廊下を抜けてエレベーターや階段を何度か上がり下りしていくと、また廊下が続いた。そこは両サイドに扉がいくつもある…

疑惑01

 夏休みが終わり、学校が通常通りになると色んなことが動き出す。特に二学期は行事ごとが多いので、意外と時間はあっという間に過ぎていくだろう。 けれど今日は学校ではなく僕は別の場所へ向かっていた。最寄り駅から三つ先の駅で乗り換え三十分ほどで下車…

夏日48

 花火を掲げる片平に目を丸くしていると、「早く早く」と彼女はリビングから続く縁側に行くなり僕たちを急かして手を招く。「お庭に出るサンダルが足りないから、さっちゃんは玄関から持ってきてね」 片平の背を追い庭に下りた母は、バケツに水を溜めて庭の…

夏日47

 参拝を済ませておみくじを引いたあとは、詩織姉と保さん、そして母たちとは行かずに片平の携帯電話と共に残った三島と合流してから、車で十分ほどのところにある大きな銭湯にやって来た。すでにそこには母や佳奈姉、片平も到着しており、みんなで一緒に中に…

夏日46

 僕の手際に「兄ちゃん上手だなぁ」と感心するような声を上げた店主に、笑みを返して僕はお椀に入った二匹を彼に手渡した。その瞬間、二匹だけでよかったという安堵した表情が目に見てわかり、また僕はふっと息を吐くように笑ってしまう。「大事に育てるな」…

夏日45

 普段は人混みが苦手ですぐにでもその場から抜け出してしまいたいと思うのだけれど、祭りというのは本当に不思議なもので、そんな喧騒がいまはわくわくとした気分にさせられる。時折片平たちや姉たちとも合流しながら、あれやこれやと出店を見て回った。 た…

夏日44

 心がまっすぐな母に嘘をつかせるのは気が引ける。けれど母の提案はいまの状況にはいい選択であるのも確かだ。そっと母の顔を覗き込むようにして見ると、僕の視線に気づいた母は小さく頷いた。「キャンプに参加してないのは嘘になっちゃうけど、三人が一緒に…

夏日43

 川辺で魚を焼いたり母のお弁当を広げて食べたり、キャンプ気分をたっぷりと味わったあと僕たちは、陽が沈む前にのんびりと帰路についた。重い荷物のほとんどは僕ら男性陣に任せて、母たちは身軽に前を歩いていく。 夕方からの祭りを楽しみにしている彼女た…

夏日42

 それから身支度を調え朝食を済ますと、僕と藤堂は川釣りに行くという保さんについて行った。普段から釣りが趣味の保さんは毎年実家から近い場所にある川で釣りをする。そして釣った魚はすぐに昼の食卓に焼き魚として並ぶことが多い。「優哉くん釣りはしたこ…

夏日41

 藤堂に意図して触れられるのは普段触れられるのよりも何倍も緊張するし、心臓の鼓動が馬鹿みたいに早くなってくる。声を押し殺していなければいけない状況も、その気持ちを煽るばかりだった。 昨夜は散々焦らされ追い詰められ、最後のほうはもう気持ちが高…