夏日44
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 心がまっすぐな母に嘘をつかせるのは気が引ける。けれど母の提案はいまの状況にはいい選択であるのも確かだ。そっと母の顔を覗き込むようにして見ると、僕の視線に気づいた母は小さく頷いた。

「キャンプに参加してないのは嘘になっちゃうけど、三人が一緒にいることで解決出来るならそれでいいと思うわ。それに、さっちゃんも優哉くんもお祭り楽しみにしてたでしょう。これじゃあ、駄目かしら?」

 ふいに母は視線を流し、片平と三島のほうに向き直った。そんな視線にじっとことの成り行きを見つめていた二人はしばし顔を見合わせた。そして小さく頷き合うと二人は母に視線を戻す。

「私たちはそれでも大丈夫です。皆さんのお邪魔にならなければそうさせてもらえるとすごく助かります」

「でも送ってもらったり、泊まったりというのは迷惑じゃないですか?」

 少しまだ戸惑いがちな片平と三島の表情に、母はまた笑みを深くして首を大きく横に振った。

「平気よ。それでみんなが安心出来るならおばさん大歓迎だわ。お祭りから帰ってくるまでに電話がなかったら遠慮なく泊まって行って」

「でも泊まる部屋どうするんだ」

 この家には一階に母の使っている和室と、二階に僕、佳奈姉の部屋、客間しかない。部屋数を思い浮かべて首を傾げれば、母も少し思案するように首を傾げた。

「そうね、私が佳奈の部屋に行って和室を空けて使ってもらうのでもいいけど、いくら仲よくても男の子と女の子を同じ部屋に泊めるのはよくないわよね」

 あと出来る対応策といえば、詩織姉のいる客間に片平を泊めて、保さんに和室へ移動してもらうことくらいしかない。

「あのっ」

 どうしたものかとしばらく僕と母が二人で頭を悩ませていると、突然片平が挙手をした。

「私と弥彦は同じ部屋で平気です。もう家族同然の仲なので今更気を遣う間柄じゃないので平気です。だよね?」

「あ、うん。あっちゃんがいいなら俺も大丈夫です」

 二人顔を見合わせ頷き合う姿を見て、僕と母はそれならばということで話は落ち着いた。そして今後の予定が決まり、母は早速二人の親たちに連絡を取った。向こうも突然のことに少し驚いていたようだが、そのあとすぐに二つ返事で了承をしてくれたようだった。

 それからみんなで今晩の相談をした。山の方角にある神社は実家から歩いて二十分ほどのところにある。いまだ砂利道も多いこの辺りを下駄で歩くのは大変なので、毎年みんな車で向かうことになっていた。
 今回は人数が大幅に増えてしまったので実家の車と保さんの車に分かれ、神社へと向かうことにした。そして神社の祭りを楽しんだはあとは、そこから車で十分ちょっとくらいのところにある、健康ランドのような大きめな銭湯に寄って帰ることになった。

「ほんとあずみちゃん可愛い、どれ着せても元がいいとなんでも可愛いわねぇ」

 話し合いを終え祭りに行くまで少し時間が余ると、姉たちはせっかくだからと言いながら、片平をまるで着せ替え人形のようにして浴衣をあれこれ着せていた。毎年のように母が手縫いの浴衣を作るので浴衣はまさに選びたい放題だ。しばらくして満場一致で浴衣が決まると、今度は詩織姉が片平の肩先までのまっすぐな髪を綺麗に結い上げて、大きな飾りのついたかんざしを挿した。

「なんだか色々、ありがとうございます」

 姿見の前に立たされた片平は少し照れたように頬を染めながら、両脇に立つ佳奈姉と詩織姉に頭を下げる。けれど二人ともそんな片平を見ながら可愛い可愛いと上機嫌だった。元々煌びやかなものや可愛いものが好きな詩織姉と、下に妹が欲しかったらしい佳奈姉だから片平の反応が嬉しくて仕方がないのだろう。

「あっちゃん可愛いね。おばちゃんたちにも写真送ってあげる」

 そう言って三島は携帯電話で片平の写真を撮るといそいそとメールをしていた。そして女性陣全員が着替え終わるとそろそろ出かける頃合いになる。帰りの着替えなどを車に積み込み、全員で玄関先に集まり記念撮影すれば、いよいよ神社へと向かうこととなった。

 町にある神社はそれほど大きなものではないけれど、昔から山の神様が住まうと崇め奉られた由緒がある古い神社だ。夏に納涼祭、秋には豊穣祭が三日間行われ、たくさんの人が訪れる。
 秋の豊穣祭はもう僕自身ここ数年行ったことはないけれど、夏同様、相変わらず賑やからしい。神社までの道のりは一つ目の鳥居を抜け長い参道をしばらく歩き、さらに二つ目の鳥居をくぐり石階段を上る。

 石階段の先には四、五メートル程の短い参道があり、さらに階段を上りきればすぐ目の前に神社が見える。
 階段の上は比較的静かでおみくじやお守りなどが買える場所になっていて、賑やかなのは階段下のほうだ。長い参道の左右やその裏道に所狭しと出店が並び、人であふれている。

 そして毎年納涼祭、豊穣祭の最終日には階段下にある下社の近くに作られた舞台で舞が奉納される。それは毎年見事なものだった。
 いつもならその舞を見るために最終日に合わせて帰省するところだが、藤堂のバイトの都合もあり今回は祭りの初日となった。いま舞台の上では太鼓が叩かれ祭り囃しが聞こえる。

「西岡先生ごめんね」

「ん、なにがだ?」

 詩織姉と保さん、佳奈姉と母、そして残り僕ら四人といつの間にか分かれた道すがら、ふいに後ろを歩いていた片平がこちらを覗き込んできた。けれど謝られた意味がわからず僕は思わず首を傾げてしまった。

「今日は二人でお祭りデートだったのに、私たちまでついてくることになっちゃったでしょ」

「えっ、あ……それはいい。藤堂の家のことも心配だし、大丈夫だ」

 ふいに飛び出したデートという単語に若干動揺が隠せなかったが、それでもにやけそうになった口元を引き結び僕は首を横に振った。

「あ、でも私たちは少し離れて歩いてるね。手繋いでいいわよ」

「別に、そんな」

 クスクスと口元に手を当てて笑う片平は、三島の手を引いて立ち止まるとひらひらとこちらに手を振った。それに激しく動揺して立ち止まりそうになったら、隣を歩いていた藤堂に手を握られる。

「佐樹さん、行こう」

「え、あ、うん」

 参道を埋め尽くすたくさんの人、時折肩がぶつかりそうになるほどの人混みだ。僕らが手を繋いで歩いたところで気を留める人などいないだろう。しかしわかってはいるけど少し頬が熱くなった。

「それにこうしていないと、佐樹さんすぐに先に歩いて行っちゃうでしょう」

「あ、それは悪かった」

 ふと藤堂の言葉で初めて一緒に出かけた時のことを思い出した。人混みが苦手な僕は藤堂を置いてさっさと歩き始め、呆れさせてしまったのだ。

「いいですよ。気にしてませんから」

「うん」

 過去の失態をいま反省しても仕方がないかと小さく頷けば、藤堂はやんわりと目を細めて笑ってくれた。その優しい眼差しに少し胸がとくんと高鳴る。それは提灯の暖かな灯りと祭り囃しが広がるこの空間が、なんだか日常や現実を忘れさせてくれるような、不思議な感覚に陥った瞬間だった。

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