15.決して理想には届かない
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 それはなんの変哲もない写真だ。思い出の一枚と言っていい。そこに写っているのはいつもと変わらぬ穏やか笑みをした小津と、儚げな印象を受ける見知らぬ青年。それだけでも落ち込むくらいなのだから見なければいいのに、指先が勝手に小冊子を開いていく。

 表紙をめくると先ほど見た青年とは別の人が優しく微笑んでいる。パラパラとページを進むとまた違う笑み。そこに写っている人たちはそれぞれ顔立ちは異なるけれど、雰囲気がよく似ていた。控えめに笑い、優しげな目を細めている。小津に寄り添う彼らは皆、ほっそりとした身体に小柄な背丈。ぱっと見た感じ女性と見紛うような可憐さがある。
 それは初めて会った時に感じた小津に対する印象にぴったりと当てはまった。慎ましくはにかむ可愛らしい恋人。到底光喜にはなり得ない人物像だ。

 勝利といい小津といい、どうして自分の容姿を恨みたくなる好みをしているのか。小冊子が差し込まれていた場所は、いままでの小津の恋人では手が届かない場所だ。けれど易々と届いてしまう自分に、光喜は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「光喜くん、アイス食べる? ケーキもあるよ」

 ふいに部屋の外から感じていた明かりが遮られる。その影と聞こえてきた声に肩が小さく震えた。けれどとっさに光喜は顔に笑みを貼り付ける。そしてゆっくりと顔を持ち上げて、戸口で小さく首を傾げているその人を振り返った。

「アイスとケーキ? 食べる食べる! どっちも!」

「……光喜くん、なにを見てるの?」

「あ、これ、見つけちゃった。ごめん、悪いかと思ったんだけど気になっちゃって」

 視線が光喜の手元に移るとご機嫌だった小津の表情が途端に曇る。しかしその顔は見ていないふりをして、少し大げさな調子で手にしていた小冊子を小津に向けた。見開きにされたそれを見た顔は血の気が引いたように真っ青になる。

「小津さんって面食いだったんだね。彼氏、みんな綺麗な人ばっかり。でもこういうおしとやかな雰囲気の人、小津さんにぴったりだと思うよ。最近の彼氏はこの人?」

 ファイルされていない最初の一枚を向けると、目線の先にいる小津の顔がぎこちなく歪む。それは無理に笑おうとして失敗した顔だ。けれどその空気は読まずに光喜はへらへらと笑いながらページをめくっていく。
 作り笑顔が無駄に上手くなっていく自分が恨めしくなる。しかし張り詰めた糸が緩んだら、締めつけられていた胸の奥から感情が吐き出されてしまう。写真の中にある笑みに嫉妬をしている自分に気づかれたくない。
 だからギリギリと心の糸を巻いてぴんと張り巡らす。いま光喜にできるのはなんとも思っていないふりだけだ。

「旅行とか好きなの? 結構あちこち行ってるね。いいなぁ、俺もどっか行きたい」

「あの、光喜くん」

「ん? なに? あ、それ食べたい。勝利に買ってもらったチェリーのアイスと苺のショートケーキ大好きなんだよね。ベッドに座ってもいい?」

「ああ、うん」

 立ちすくんでいる小津はなにか言いたげな顔をしている。もしかしたら言い訳を考えているのかもしれない。それでも光喜は写真から視線を離さずに大きなベッドの端に腰かけた。しかしそのまましばらく下を向いていると目の前に気配を感じて、つま先が視界に入る。

「小津さんは思い出を大事にする人なんだね」

「そんなこと、ないよ。僕は意気地がないだけだ」

 いままで大切に思っていた人たちの笑顔を捨てることができない意気地なし。けれどその優しさが小津らしさだ。どうして彼らはそんな優しい人を捨ててしまったのだろう。考えてみたけれど光喜にはその答えが見つけられなかった。

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