48.その瞳に映る自分
目の前に戻ってきた小津の気配を感じたが、光喜はいつまで経っても顔を上げられない。まっすぐに視線を向けられていて、訝しく思われているのも感じる。けれど心の中は焦りばかりで、身体が思うように動いてくれなかった。
「光喜くん、どうしたの? 具合悪い? 少し顔色が悪いように見えるけど」
ふっと目先に伸ばされた手に光喜の肩が跳ね上がる。とっさに顔を上げると指先が前髪をすくい、優しく手のひらが額に触れた。怯えたような目をする光喜に小津はひどく心配そうな顔をする。
「だ、だいじょうぶ、なんでもない。ごめん」
「ほんとに? 無理してない? 大丈夫?」
「へ、いき、全然なんともない! それよりそれ見せて」
引きつりそうになるのを誤魔化して、精一杯の笑みを浮かべると光喜はテーブルに重ねられた雑誌を指さす。綺麗すぎるくらいの作られた笑みだが、それ以上追及するのを諦めたのか小津は黙って椅子に座った。そして七冊ほどある雑誌をテーブルの上で滑らす。
「一番上にあるのが初めて載せてもらえたやつだよ」
「あ、結構しっかり特集されてますね」
「うん、おかげでかなり取引先が増えたんだ」
雑誌を引き寄せた晴はパラパラとページをめくって付箋紙が挟まっている場所を開いた。それはいまから七年前くらいの記事だ。広げて見せてくれる晴の横から視線を伸ばして、光喜は小津が写っている写真をじっと見つめる。
いまと変わらない穏やかな笑みをしているけれど、少しばかり若々しい印象がある。しかし七年前と言えば小津も二十三歳。若くて当然だなと光喜は小さく笑った。
「あ、光喜、読むなら読んでていいよ」
「うん」
特集記事を目で追っていた光喜に手にしていたものを渡して、晴は別の雑誌に目を移した。けれどしばらく表紙を見たり中身を見たりしていた晴が大きな声を出す。
「なに? どうしたの?」
「これ、このキーケース、持ってる」
「え? 僕のやつ?」
首を傾げた光喜と小津に対し、慌ただしくポケットを探った晴が神々しいものを掲げるみたいに手を上げる。その手にはネイビーブルーのキーケース。ほらほらと写真と一緒に並べる晴の手元を見れば、確かにそこに写っているものと同じデザインと刻印だった。
「これを初めて見た時からデザインがいいなぁって思って、財布とか名刺入れとかもここのブランドで揃えたんですよ! わぁ、すごーい! 作った人に会えるなんて、僕、すんごくラッキーです」
「そうだったんだ。ありがとう、嬉しいよ」
キャッキャと浮かれる晴に小津は照れくさそうに笑う。その空気にまた光喜は気分が落ち込む。けれどそれを察した晴がまた声を上げて雑誌を持ち上げた。そして首を傾げる小津ににんまりと笑みを浮かべる。
「この雑誌、光喜も載ってるんですよ!」
「え?」
「これは三年前の春号ですよね。確かかなりページ割いて載っていたはずです。ほら!」
器用にページをささっと進み、晴は見開きで雑誌を小津に向けた。それを見た瞬間、驚きと共に小津の目が輝く。ゆっくりと伸びてきた手が雑誌を掴んで引き寄せて、まっすぐな目は食い入るように写真を見つめた。
「光喜くんって、モデルさんだったんだね。……でも、最近のには載ってないよね?」
「あ、光喜は去年の秋頃に卒業しちゃったんですよ」
「そうだったんだ。これ三年前ってことは高校生かな。やっぱりこの頃から格好いいんだね」
晴の言葉に少し視線を上げたけれど、小津はすぐにまた誌面に視線を落とす。そしてひどく柔らかい笑みを浮かべて雑誌の中の光喜を見つめた。その眼差しに直接見られているわけでもないのに、光喜はなんだかむず痒い気持ちになる。
「こ、小津さん、そんなにまじまじと見ないで。なんか恥ずかしい」
「え? あ、ごめん。でもなんだか嬉しくて。光喜くんのことを知れるのはすごく嬉しいよ」
「大げさ、だよ」
「ごめんね。目の前で見られると恥ずかしいよね。あとでゆっくり見るよ」
「それも恥ずかしいから」
顔を真っ赤に染めながら視線をさ迷わせる光喜に小津はやんわりと笑う。そして雑誌を閉じて首を傾げてくる。見つめてくる眼差しにそわそわとしながら、光喜が目線を上げればそれることなく視線が合った。
そしてさらに嬉しそうな顔をされると、頭から湯気が出てしまいそうなほどのぼせる。
「みつきぃ、照れすぎだよ」
「うるさいよ!」
からかう晴の笑い声と楽しげな小津の笑い声が重なり、ますます光喜は恥ずかしい気持ちになった。