70.触れる確かな温度
普段の自分はどちらかと言えば理性的であったと光喜は思う。けれど二者択一を迫られて自分で自分を追い詰めた結果が、目の前にある。風呂から上がった小津はそれを見てひどく困惑をしていた。
しかし光喜は自棄を起こした自分に気づいてはいたが、頭の中は至極冷静だった。足早に近づいてきた小津に手にしたものを奪い取られそうになって、一気に中身をあおる。
「み、光喜くん! 飲み過ぎだよ。もうやめておいたほうが」
「小津さんが付き合ってくれるなら控えめにする」
眉をハの字にする小津に対しにっこりと綺麗な笑みを浮かべた光喜は、自分の隣、ソファの空いた片側を叩く。けれどそわそわと視線をさ迷わせる彼は傍で立ち尽くしたまま動かない。それでも目線は時折剥き出しになっている光喜の脚へと向けられる。
襟首が広く空いたTシャツにボクサーパンツ一枚。バスタオル一枚よりはマシではないかと思うが、小津にとってはそうではないようだ。
「こっち来てよ」
「あ、あの、光喜くん、ちょっと、目のやり場に、困る。なにか、穿いて欲しい」
「小津さんって、もしかして脚フェチとか?」
投げ出していた脚を引き寄せて抱えると、光喜は小さく首を傾げた。その仕草に視線の先にある顔はボッと音がしそうな勢いで赤くなる。わかりやすい反応に笑ってしまうが、あまりいじめるのも可哀想で、床に放ってあったスウェット手を伸ばした。
「これでいい?」
「う、うん」
「小津さんなに飲む?」
スウェットを穿いてまたソファを叩くと、ようやく小津が隣に腰かける。それに満足げな笑みを浮かべて、光喜はテーブルに広げたものを指さした。そこには焼酎、テキーラ、ウィスキー、ブランデーの瓶。
「こういう飲み方、あんまり良くないよ」
「大丈夫、もうあとは寝るだけだし」
大雑把に瓶を掴んでドボドボとグラスに注ぐ。琥珀色の酒を喉に流し込むと強いアルコールでそこは少し熱を帯びる。顔色を変えることなく酒を飲んでいる光喜に小津の顔はひどく心配げだ。それでも不承不承ながらも勧められるままにそれに付き合う。
押しに弱いその性格を見越されているとも知らずに。
「小津さん、もう限界?」
次から次へと酒が注がれるグラス。並んで酒を飲み始めて一時間ほど経つと小津は舟をこぎ出す。羞恥とは違う頬の赤らみから見ても、おそらく落ちる寸前だ。光喜が肩を揺すると重たいまぶたを瞬かせる。
「寝るなら布団に行こ。俺、そこまで小津さん運べないよ」
「……うん」
花見の時も光喜につられてかなり飲んでいた。廊下で寝ていたことを考えれば、酔いはそれなりに残っていたことが考えられる。ウィスキーを二人で瓶の三分の二ほど。これ以上はさすがに飲ませ過ぎだ。
眠りに落ちそうな小津を促して立たせると光喜は肩を貸して寝室へ向かう。
「わっ、小津さん!」
ようやく布団までたどり着くとそこに大きな身体を転がした。けれど急に腕を引かれて光喜はその上に乗ってしまう。思いがけないことに胸をドキドキとさせるが、視線を上げた先では気持ち良さそうに眠っている顔。
少しばかり憎らしくなって小津の鼻先をつまんだ。すると眉間にしわが寄って小さく唸り声を上げる。
「これって、朝まで目を覚まさないのかな?」
またがった身体を見下ろして光喜は首を傾げる。思いきり酔い潰してしまったけれど、本当ならお酒の勢いを借りて告白できたらいいなと考えていた。しかし潰してしまったらそれもできない。泥酔している人に告白しても忘れられてしまうのがオチだ
けれど目の前で無防備に寝ている姿を見ていると、なんとなく邪な気持ちがむずむずと湧いてくる。複雑な胸の内に光喜の口からため息がこぼれた。
「……光喜、くん」
「え? あ、なんだ寝言か。もう、期待しちゃうじゃん」
小さく名前を呟かれて胸が高鳴る。そっと手を引き寄せて手のひらにキスをして、胸元に当てた。それだけでその手に伝わってしまいそうなくらい鼓動が早くなる。それと共に身体が疼いて、温かな手をTシャツの裾から引き入れてしまった。
直に感じるぬくもりが気持ち良くて、眠っているのをいいことに好き勝手に身体に滑らせる。想像するよりも確かな体温。気づけば高まった熱がスウェットの生地を押し上げていた。