64.もう少し近くに

 一人で黙々と弁当を食べる光喜に勝利からの非難はごうごうだったが、元は自分が悪いことを自覚しているのか最後はブツブツとした文句に変わった。そして時折ちらちらと目線を上げながら目の前の人の機嫌を窺う。二人で視線を合わせながら無言の会話をする、それが少しばかり羨ましくなって光喜は隣の足を小突いた。

「光喜、足!」

「あー、ごめん、長くて」

「ムカつく!」

「あ、ちょっと人の唐揚げ盗らないでよ!」

「うるせぇ」

 弁当を突き合う子供じみた攻防が繰り広げられると、それを見ている大人たちは至極微笑ましそうな顔をする。しかし重なった小さな笑い声に光喜と勝利は同時に振り向いて口を尖らせた。

「いま小さい子供を見るような目、してた!」

「もう、勝利のせいだからね!」

「はあ? お前だろ!」

「ちっがうよ! 勝利だよ!」

 再び言い合いが始まった二人に小津と鶴橋は顔を見合わせる。けれどこのままではさらに続きそうに思えたのか、やんわりとなだめるような声を出した。

「まあまあ、二人とも落ち着いて」

「せっかくですからこのあとお花見でも行きましょうか」

「うんうん、引っ越しも一段落したし、ビールとか持って」

「行きましょう」

 ニコニコとした笑みを浮かべる二人に、今度は光喜と勝利が顔を見合わせる。しかし愛しい人にそんな笑顔を向けられたら、それ以上の言い争いは無意味に思う。小さく頷き合うとお互い拳を突き合わせて、休戦協定を結んだ。
 昼食が済んだあとはコンビニでレジャーシートと缶酎ハイなどを買い足し、四人でいざ桜見物へ。昼頃も賑わっていたので場所があるかどうか心配をしていたけれど、緑地の隅のほうにスペースを見つけた。そこだけぽっかり空いているところを見るといいタイミングだったのかもしれない。

「春だねぇ」

「うん、のどかだね」

「こういう気持ちのいい日はお酒もおいしい」

「確かに」

 レジャーシートを広げたあとは真ん中に酒を置いて、自然と二手に分かれた。おそらくまた気を使われているのだろうと気づいたが、光喜は黙って小津の隣に座った。勝利と馬鹿騒ぎをするのも楽しいけれど、せっかくの機会、小津との距離を縮めたいところだ。
 勝利自身も似たようなことを考えていたのか、人目から幾分離れた場所ということも相まって、少し前から後ろの二人はいちゃいちゃとしっぱなしだった。
 見て見ぬふりをしているけれどそれが目端に止まると光喜は苛立たしさを感じる。自分だってもう少し、ほんの少しでも小津と近づきたいのに。気づいた時には何本目かもわからない缶が光喜の手に握られていた。

「あ、見て小津さん! すごいおっきいわんこがいる」

「ほんとだ、グレートピレニーズかな? 結構珍しいよね」

「真っ白でもふもふだ。いいなぁ、一度でいいからあんな大きい犬飼ってみたかった」

「そうなの? あそこまで大きくないけど、うちの実家にゴールデンレトリバーが四頭もいるよ」

「え! 羨ましい! なにそのもふもふパラダイス!」

 土手で悠々と散歩している大型犬に光喜は目を輝かせる。そして視線の先から近づいてくるその姿を食い入るように見つめた。いまは散歩の時間帯なのか、ほかにも色んな犬種の犬が通り過ぎていく。そのたびに可愛い可愛いと声を上げながら光喜は小津の袖を引いた。

「あ、ごめん、うるさかった?」

「えっ? あ、いや、そんなことないよ」

 いつの間にかじっと見つめられていて、その視線に気づいた光喜は小さく首を傾げる。けれど目が合った瞬間、小津は顔を赤くてして困ったように笑う。しばらくそのまま見つめ合っていると、ふっと視線を外された。
 さりげなさを装い遠くへ視線を投げた隣にある横顔、それを光喜は静かに見つめる。胸に寂しさが募って二人のあいだにある隙間を埋めたくなるが、誤魔化すように缶ビールをあおった。