35.もしもの想像は恥ずかしい
みんな口を揃えて光喜には華やかな世界がよく似合うと言う。純粋に応援してくれるその気持ちは嬉しい。けれどそっとしておいてもらえたらもっと嬉しいのに、とも思う。根っこが社交的でないから光喜にとってそれはかなりのプレッシャーだ。
「でもまあ、お前そんなにやりたい仕事でもなかったみたいだしな」
「……うん」
「なんかやりたいこと見つかったか?」
「んー、いまのところは全然」
そういえば一緒にいた頃に仕事に行きたくないとぼやいたことがあったなと光喜は思い出す。冗談半分みたいな調子で言ったはずなのに、忘れてはいなかったのだなと勝利の横顔を見つめてしまった。
そしてやっぱり恋人より友達として傍にいるほうが居心地がいいなとも思った。
「光喜、それどうしたんだ」
「え? なに?」
「そのクマ」
ふいに振り向いた勝利の視線がゆるりと下へ向く。それに光喜が首を傾げると指先がベルトループへ向けられる。伸ばされた指がツンとストロベリー色のクマの鼻を突いた。
「……ああ、えっと、ゲームセンターで暇を潰してた時に獲ったの。可愛いでしょ」
「まあ、可愛いけど。お前がこういうの珍しいな」
「なんか取れそうで取れない感じにハマっちゃって、かなり頑張っちゃった」
「その気持ちわからなくはない」
「でしょー」
小津のことを考えてクマに執着したなんてことは言えず、光喜は笑って誤魔化した。しばらく勝利は腰で揺れるクマを眺めていたが、なにごともなかったようにどんぶりに視線を戻す。それにほっと息をついて光喜はグラスの水に口を付けた。
「クマって言えば小津さんだけどさ。……ってどうした?」
なにげない調子で呟かれた名前に光喜は思いきりむせる。気管に入った水でゲホゲホと咳をすると勝利は目を丸くして首を傾げた。
「な、なんでもない。ちょっと水があらぬところに入っただけ」
「ふぅん、そっか。それで、小津さんだけど、お前はどう思う?」
「え? な、なにが?」
いきなり一体なんの質問だろうと少し警戒してしまう。いままでの対応から見ても、光喜が小津のことを意識し始めているのは気づかれていないだろう。しかしピンポイントに小津のことを聞かれると戸惑わずにはいられなかった。
「んー、ほら、急に紹介したし、お前嫌じゃなかったかなと思って」
「……嫌じゃないよ。ほら! 小津さん癒やし系だし、一緒にいて和むからいいよね。それになんでもおごってくれそうだし!」
「って、そこが一番かよ!」
「なに言ってんの、重要ポイントじゃん」
「はあ、聞いた俺が馬鹿だった」
あっけらかんとした光喜の言葉に勝利は大きなため息を吐き出した。その様子にへらりと笑えば、もういいとますます呆れた顔をされる。
おそらく勝利は光喜の小津への興味、その度合いを知りたかったのだろう。好意的であるか、恋愛として成り立つか。それには気づいたけれど、いまはこの気持ちを誰にも知られたくないと光喜は思う。
自分の弱さがさらけ出されてしまいそうで、怖い。
「あ、冬悟さん」
「ん? もしかして迎えに来るとか?」
「うん」
震えた携帯電話を取り出した勝利はわかりやすいくらい嬉しそうな顔をした。その顔に光喜は思わず笑ってしまう。
「鶴橋さんは心配性だね」
「可愛くていいだろ」
「あの人を可愛いって言うのは勝利くらいだと思うよ」
「そうかぁ? めっちゃ可愛いじゃん」
「あー、はいはい」
勝利の見た目と鶴橋の見た目。恋人として並べてみた時に、おそらく九割の人間は真実とは逆の組み合わせを思い浮かべるだろう。しかし付き合う前にどっちでも構わないと言っていた言葉の通りに鶴橋はそれを受け入れたようだ。
正直言うと光喜はそこまで考えは及んでいなかった。いままで女の子としか付き合っていなかったのだから、男としての役割しかしたことがない。勝利に対してもおそらくそういう気持ちだった。
けれど小津と自身を並べてみると、役割分担が変わってきそうだ。それを思い浮かべてしまい光喜は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。