09.君と過ごすひと時
事前に勝利がチェックしていた店を渡り歩いて、一時間と少しかかったが二人は満足行くものを購入することができた。メタルのシンプルなカードケースだけれど、表面がさらっとした加工で指紋がつきにくく扱いやすい。
小津の大きな手でも無難に使えるだろうと光喜が選んだ。プレゼント代は三分割。光喜と勝利、そして鶴橋からのプレゼントと言うことになっている。しかし代金の半分は鶴橋の財布からだ。
「お前、最悪!」
「えー、いいじゃん。お土産だと思えば」
「十分の遅刻でアイスをバケツで買わされるとか、むちゃくちゃな罰ゲームだ」
「ほらほら、そう言わずに。自分の分は自分で買ったし、ね。あーん」
眉間にしわを寄せて歩いている勝利にミントチョコのアイスを差し出すと、小さなスプーンを飲み込む勢いで食らいつかれる。その反応に光喜は肩を揺らして笑い、また山盛りにしたアイスを口元に差し向けた。
「俺はこんなんじゃ誤魔化されねぇぞ」
「そう言いながら食べるとか、勝利らしいよね。そういうとこ好き」
最後のひとすくいも勝利に差し出しながら光喜は目を細めた。二人っきりの疑似デート。寄りかかる光喜を勝利は振り払うことをしない。ことあるごとに好きだと繰り返す光喜に困ったような顔を見せるけれど、ため息で仕方ないなと笑う。
けれどこれはあくまでも次の恋までの猶予期間。幼馴染みだから、親友だから、友達だから、彼が与えてくれる最大限の優しさ。その証拠に隣にある顔は震えた携帯電話に目を輝かせる。
「もしもし、冬悟さん? 仕事は終わった? あ、いま俺たちも買い物、終わったとこ。うん、駅前な。わかった」
嬉しそうに頬を染めて至極幸せそうな笑みを浮かべる。それはいままで一度も光喜には向けてくれなかった笑顔。気づけば二人はまた一歩近づいていた。自然と紡がれた名前に胸の奥をぎゅっと鷲掴まれた気分になる。けれど振り向いた顔に光喜はなにごともなかったような笑みを貼り付けた。
「鶴橋さんなんだって?」
「仕事終わってこれから電車に乗るところだって。駅前で待ち合わせようって」
「ふぅん、そっか。ところで今日の晩ご飯って」
「家で鍋の用意して待ってるって小津さんが言ってた」
「え? 待って、なにそれ。主役にご飯作らせるとか鬼畜過ぎ!」
「あー、言われてみれば」
腹を抱えて笑い出した光喜の言葉でようやく気づいたのか、勝利は目を瞬かせる。その顔に光喜は耐えかねたようにバシバシと音がするほど背中を叩く。すると勝利もつられるように吹き出した。
「マジ笑える。あ、ケーキ、せめてケーキ買っていこう」
「アイスケーキにしたら良かったな」
「確か駅前にケーキ屋あったよ。ホールケーキ残ってるといいね」
「……急ぐぞ」
「よし、じゃあ行こう!」
急に真顔になった勝利に小さく笑って、光喜は隣の手を握った。そしてまっすぐに駆け出す。夕暮れの人混みをすり抜けて、ただまっすぐに前向いて、後ろから聞こえる文句など聞こえないふりをして走った。