26.その先にある心が知りたい
勝利の時は鶴橋も彼の好みから外れたタイプであるから遠慮なく押していけた。けれど小津のことはやはりまだよくわからない。初めて会った時から態度は変わらないが、あの人は嫌なことを嫌だとはっきり言えないような人だ。
紹介された手前断れずにいる、なんてことも考えられる。あの優しさを疑っているわけではない、そう思っても光喜はつきまとう不安が拭えなかった。
「その人のどういうところが好き?」
「え? 好きなところ? うーん、なんかこう癒やし系な感じで一緒にいると和むよ。いつもニコニコしてて、目が合うといつも優しく笑ってくれる、けど」
「けど?」
「なんかちょっと、内側を覗かれるみたいで居心地悪くなるかな」
「ふぅん」
曖昧に相づちを打ち、なにかもの言いたげに目を細めるが、瑠衣はなにも言わずに黙々とシフォンケーキを平らげた。そしてその顔に光喜が首を傾げてもなにも言わずにカフェオレを飲み干す。
「姉さん?」
「……あ、光喜、電話じゃない?」
「え? ああ、うん。……ごめんちょっと出てくる」
「はーい」
意味ありげな表情の理由を聞きたかったが、ポケットで震える携帯電話がやまない。画面を見ると見慣れた友人の名前。放っておきたいところだが、この相手は出るまで電話を鳴らし続けるタイプだ。渋々席を立って光喜は店の外へ出た。
「もしもし」
「やーっと出た。もしかしてデート中だった?」
「違うけど、なに?」
「あのさ、光喜は前の事務所を辞めてからどことも契約してないよね?」
「あー、もう面倒くさいからやらないよ。仕事の話なら切るよ」
「ちょっと、つれないこと言うなよ。俺と光喜の仲じゃん。今度創刊する雑誌でさ、ご指名いただきましたぁ」
やたらと明るい暢気な声に光喜の口から盛大なため息が吐き出される。電話の相手は高月晴――去年までしていたモデルの仕事で知り合った。三つほど年上だが経歴は十五年以上の大先輩。気安い性格で付き合いやすいのだが、我が強く、かなり我が道を行くタイプ。要するに言い出したら聞かない。
「やだよ、いまそういう気分じゃない」
「そう言わずに、今度なんでも言うこと一つだけ聞いてあげる」
「一つだけとかケチくさい」
「この俺が言うこと聞くとかレアでしょ? だーかーらー、ねっ。その依頼だけでも頑張ろうぜぇ。光喜が載ると売り上げが上がるっていまでも評判だよぉ。仕事先でしょっちゅう光喜はどうしてるの? って聞かれるくらい」
「……いま舌打ちしたでしょ」
「てへっ」
可愛くおどけているが、晴はゴーイングマイウェイかつ腹が真っ黒な男だ。けれど第一印象は小動物を思わせるか弱い美青年といった外面を持っている。中身はまったく光喜と別物ではあるが、よそ行きの仮面を被るもの同士ウマが合ってしまったのだ。
「別に太って見栄えが悪くなったとかじゃないんでしょ? まあ、それはそれで笑えるけど」
「切っていい?」
「えー、うそうそ。あ、いまの彼女が束縛厳しいとか?」
「……晴ってさぁ」
「なに?」
「男の人好きだったよね」
「うん、大好き。え? 誰か紹介してくれんの? いくらでもウェルカムだってば!」
一段と明るくなった声に脱力して光喜はその場にしゃがみ込む。そして久しぶりのこのテンションにうな垂れるように頭を抱えた。しかしこのキャラは自分とも被る部分が大いにある。同族嫌悪だろうかと痛む頭に顔をしかめた。
「ん? なんか悩み事ですかぁ? お兄さんが聞いてあげちゃうぞ」
「いや、なんでもない」
ため息を一つ吐き出すと光喜は黙って地面を見つめる。思わず聞いてしまったけれど、晴がゲイだからと言ってなにか知りたいわけでもなかった。それに到底なにかの参考になるとも思えない。
「またまたぁ、もしかして男に告白されちゃったとかそういうの? 光喜ってかなり男受けもいいんだよねぇ。まあ、そういう男は俺が片っ端から食っちゃったけど。んふふ」
「そういう情報ってはっきり言っていらないから」
「じゃあなんで聞いたの?」
「……ほんとに、なんでもないよ」
なにを聞いたらいいのかすらわからない。いま気になる男がいる、そんな話をしたところで晴を喜ばせることにしかならない。相手の本当の気持ちが知りたいなんて、男だとか女だとかそういう以前の問題だ。