31.二人で初めてのデート
待ち合わせの場所に着いてぼんやりと人の流れを見ていると、駅の方角から足早に近づいてくる人が見える。初めて見た時と同じように周りの人から抜きん出たその人は、数メートルのところまで近づくとやんわりと微笑んだ。
その笑顔に胸を高鳴らせながら光喜は手をひらひらと振った。そして目の前で立ち止まった人に笑みを浮かべる。
「ごめんね、待たせて」
「ううん、平気だよ。わざわざ来てくれてありがとう」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人で顔を見合わせて笑うとすぐ傍の入り口へと向かう。自動ドアを抜けてエスカレーターで二階まで上がった先にあるのは、アクアリウムだ。夕刻と言うこともあり少し混雑した印象がある。休日であれば子供連れも多いのだろうが、顔ぶれの大半はカップルと思わしき男女の組み合わせと、女の子同士のグループ。
男二人というのはもしかしたら光喜たちだけかもしれない。けれどそんなことは気にせず受付を通り過ぎる。
ぼんやりとした薄暗い照明の中で水槽を眺めた。選んだ場所がここで良かったかもしれないと光喜はほっと息をつく。明るい場所で会ったらきっと緩んだ顔を気取られていた。ちらりと横顔を見上げながら胸を押さえる。
「ん? 次に行く?」
「あ、うん」
魚が泳ぐ水槽より隣の横顔ばかりを眺めていると、ふいに小津が振り返った。小さく首を傾げるその仕草に光喜は大げさなくらい頷いてしまう。けれどそれを訝しむこともなく笑って彼はゆっくりと歩き始めた。
「小津さんは水族館とかよく来る?」
「んー、そうでもないかな。かなり久しぶりだな」
「そっか。……あ、俺も」
「そうなんだ。それじゃあ、いいタイミングで良かった」
微笑んだ顔を見つめながらふと考えてしまう。恋人と来たのか、最後の恋人とはいつ別れたのか――そしていまは、その心はどこに向いているのか。しかしせっかくの二人きりだ。いまそれを考えるのはやめようと光喜は視線を流した。
「熱帯魚って華やかでいいよねぇ」
「うん、綺麗だよね」
色とりどりの魚たち。キラキラとした鱗と優雅なひれ。それに誘われるように光喜は携帯電話のカメラを構えた。画面の中の魚を追いかけて写真に収めるとふいに小津が端に映り込む。レンズを通したその姿を見つめて、そっと気づかれないようにゆっくりと手を動かす。
そして画面ギリギリのところで小津の姿を捉えた。振り向きませんように、そんなことを心の中で何度も唱えながら震える指でシャッターを切る。カシャリと音が鳴る寸前、水槽を見ていた顔が振り向いた。
「あ、邪魔じゃなかった?」
「……あっ、うん。大丈夫!」
ドッドッと大きく脈打つ心臓に汗を掻きそうになりつつも、こちらを見る視線に光喜はへらりと笑みを返す。手元にある画面。奇跡的に振り向いた小津の顔はブレていなかった。すぐさまそれを保存してそっと胸に押し当てる。緩んだ頬は俯いて誤魔化した。
「光喜くん、もう少しあとだけどショーが始まるみたいだよ」
「あ、そうなんだ」
エスカレーターの手前で立ち止まった小津が振り返る。指さす看板を見れば、イルカショーのスケジュールが書いてあった。先ほど時計を見た時は十九時を少し過ぎていた。タイムテーブルを視線で追うと二十時から開演するようだ。
「せっかくだし行ってみようか? まだちょっと早いけど」
「うん、行く。早めに行くほうがいいと思うよ。多分混むだろうし座るとこなくなるとあれだし」
明るい場所に出るのはちょっと気がかりだけれど、ショーが始まれば横顔を見てばかりと言うことにもならないだろうと光喜は前向きに考える。エスカレーターで上の階へ上がり、またゆっくりと歩き出した小津の背中を追えば、広い会場が目に入った。