52.二人のあいだにあるもの

 好き――その気持ちを早く伝えなくては、そんな想いに駆られるけれど、甘くてトロトロなこの空気を壊すのがもったいなくてなかなか告げられない。好きです、そんな言葉を口にするのがこんなに難しいだなんてこと、いままで光喜は知らなかった。

「よし、これで完成だよ」

「お腹空いたぁ」

「うん、早速ご飯にしよう」

 最初の予定通りメインは大盛りの親子丼。それにポテトサラダとほうれん草のゴマ和え、わかめと豆腐の味噌汁。それほど豪華な食卓ではないが、二人で作ったというところが重要ポイントだ。
 そそくさと品をテーブルに並べて向かい合わせに座る。そして目を合わせるとお互い手を合わせて「いただきます」と声を揃えた。

「んー、親子丼すごくおいしい! 卵のとろっと感とお肉の柔らかさが絶妙だね。めんつゆでこんなにおいしく作れるんだ」

「光喜くんは自炊するの?」

「正直あんまり得意ではないかなぁ。こうやってお味噌汁を飲むのも結構久しぶりかも」

「まあ、一人分のご飯となると適当になりがちだよね」

「うん、そうなんだよね。精々ご飯を炊いてレトルトかけて食べるくらいだよ」

 自宅のキッチンで光喜はまともなご飯を作ったことがない。彼女がいた時はあれこれと世話を焼いて作ってくれる子が多かったので、困ることがなかったのだ。けれどここ半年でかなり適当な食生活になっていた。
 それでも体型維持されているのは体質と、モデルの仕事始めてから欠かしていない筋トレのおかげだろう。

「一人ご飯ってさ、ちょっと寂しいよね」

「そうだね、やっぱり誰かと食べているほうがおいしく感じるね」

「だよねぇ。俺、こんなに一人でいることなかったから、余計感じちゃうかな」

「……光喜くんが長いこと彼女がいないのはかなり珍しいんだって、勝利くん言ってたけど」

「え? あー、うん。俺って意外と寂しがりだったみたいでさ。でもなんかいまは人に合わせるのが疲れちゃったのかな」

「そっか、そういうこともあるよね」

 光喜の呟いた言葉に小津は小さく笑みを浮かべた。けれどその顔を見て光喜は言葉を間違えたことに気づく。しかし小津もそれ以上の言葉が見つからないのか二人のあいだに沈黙が続いた。
 目を伏せた少し浮かない表情、おそらく小津は自分に見込みがないのだと勘違いをしている。それに焦りを覚えた光喜は前のめりになった。

「あ、えっと、小津さんみたいな人と付き合えたらいいよね。癒やし系だし、一緒にいると和むし、おいしいご飯も作ってくれるし、優しいし」

「でも僕みたいなのは意外と疲れるらしいよ。考え方がのんびり過ぎて苛々させちゃうこともあるみたいだから」

「……小津さんのそういうおっとりしたところ、俺は嫌いじゃないよ」

「そう? 嬉しいな」

 やんわりと微笑んだ小津の顔を見て、ひどく光喜はもどかしい気持ちになる。言いたかったことはそういうことではない。小津みたいな人、ではなく小津と付き合いたいのだと、そう言えなかった自分に落ち込んでしまう。これでは世辞を言ったくらいにしか捉えてもらえない。

「小津さん」

「ん?」

「あの、あー、んーと、小津さんはいつから付き合ってる人いないの」

「え? ああ、四ヶ月くらいかな。でも僕なんかは一年くらいいないこともあるよ。なかなか相手を探すのも大変だしね」

「そうなんだ」

 聞きたいことも言いたいことも上手く言葉にできない。たった二文字の言葉が喉の奥に詰まったまま出てこない。しかしこれは自分が告げなければいけないのだと光喜は思う。その胸に気持ちが本当にあったとしても、おそらく小津は光喜が異性愛者であることを気にしている。
 いままでずっと勝利が好き、それを光喜は隠さず接していた。だからもしかしたら同性でも大丈夫かもしれないと思われていた可能性もある。それでも誰でも大丈夫だなんて普通は思わない。

 きっとそれがはっきりと言葉にできない理由なのだろう。よくよく考えてみればすぐわかることだった。恋愛の価値観が違う相手にそう簡単に想いは告げられない。それが伝わらなければ、いまの関係が壊れてしまうことだってあるのだ。
 恋愛に性別の違いなど関係ないと思っていたけれど、大きな壁が存在するのだと言うことを光喜はようやく理解した。