05.進み続ける二人の時間
胸に溜まる想いを押し流すようにビールを身体に流し込む。三杯目のジョッキをテーブルに戻すと、光喜は勝利の顔を見つめた。テーブルの奥には注文用の機械が置いてある。それを指させば目の前の顔が少し歪む。
「生ビールおかわり!」
「おい光喜、ペース速いぞ」
「え? 今日は誰のおごり? 鶴橋さん? 小津さん?」
「毎度毎度、人の金で飲もうとすんな!」
「いいじゃん、稼いでるんだから。俺はぁ、そうそう、出世払いね」
へらへらと笑って枝豆をむき始めた光喜に勝利の口からは大きなため息が漏れる。けれどそれは素知らぬふりをして、むいたつやつやの豆を爪楊枝に刺していく。そして三連になったそれを小津に向かって差し出した。
「はい、小津さんにあげる。あんまり食べてないね。お酒飲むと食べないタイプ?」
「ああ、うん。そうなんだ。いつもつまみ程度で。光喜くんはよく食べるしよく飲むね。かなりスリムなのに」
「えー、小津さんから見たらみんなスリムに見えるでしょ。これでも俺、標準以上の体格だよ。身長もあるし、体重もあるし」
「そっか、確かに言われてみたらそうだね」
話してみてわかるのは、小津修平と言う男がごくごく平凡な男であるということ。のんびりというよりもおっとり。気遣い屋であり、お人好しでもある。そして嫌なことを嫌とはっきり言えないような気の小ささがあった。
それでも見た目からでもわかる穏やかさが人を和ませる。小津がいるとほんわりと空気が暖かくなる気がした。和み系、癒やし系の部類だろう。きっと彼のような男の傍には慎ましくはにかむ恋人が似合う。そんなことを思いながら、光喜はまた笑みを顔に貼り付けた。
「あ、そうだ光喜。俺、来月の終わり頃に引っ越すから」
「あのアパート出るの? 大学から近くていいとか言ってなかった?」
ふいに振り向いた勝利の言葉に光喜は訝しげな顔をする。けれどその反応に目の前にある顔は少し照れたような表情を浮かべた。
「そうなんだけど。まあ、色々話し合って引っ越すのがいいかなって」
「あー、なるほど。鶴橋さんと同棲するわけね」
少し口ごもる勝利に光喜はすぐにピンときてしまう。二人は同じアパート、三軒隣同士に住んでいる。会おうと思えば毎日会えるし、一緒にいようと思えばいくらでも一緒にいられた。それでもほんの少しの距離さえもどかしくなったに違いない。
二人のあいだに割り入る隙間なんてもうどこにも見当たらなくなった。
「じゃあ、広い部屋に引っ越すんだよね。だったら遊びに行き放題じゃん。アパートだと狭かったけど宅飲みもできるね」
「た、確かに広くなるけど。入り浸るなよ」
「んふふ、楽しみ! 引っ越し手伝いに行くよ。あ、小津さんも行こうよ。終わったら四人で飲もう」
「え? あ、うん」
「いいなぁ、引っ越し。俺も新しいところに引っ越ししたい。新しいものってわくわくするよね」
いままでは二対一という場面でも遠慮なく割り入ってきた。けれどもう二人は二人の時間を進み始めている。終わりがすぐそこまで近づいていた。