16.それはチェリーの味

 これまでの人生、恋や愛につまずいたことがない。いいなと思った子はすぐに傍へ来てくれて、なにも言わなくても好意を寄せてくれる子が集まった。中にはひどく厄介な相手もいたが、人の感情に敏感な光喜はそれを上手く退ける術を持っている。
 恋が終わりを告げても、相手に泣きすがられたこともない。それどころか皆、口を揃えて付き合ってくれてありがとうと言った。だから欠点を上げるとしたら、これまで一度も相手に振られることがなかった、それに尽きるだろう。

「最近暖かいし、引っ越しの頃には桜が咲き始めそうだよね。みんなでどっかにお花見しに行こうよ」

「うん、そうだね」

 トレイを挟んだ向こう側に座る小津の顔はまだ浮かない。ぺろりとケーキを食べきり、さらにアイスを食べながらニコニコとしている光喜の横顔をじっと見つめて、相変わらずもの言いたそうにしている。本当はそれに気づかないふりをしていようと思っていたが、あまりにもまっすぐな視線に耐えきれず光喜は笑いながら振り向いた。

「小津さん、俺の顔なんか変? そんなに見られたら穴が開きそうなんだけど」

「あっ、ご、ごめん。えっと、光喜くんは、相変わらず格好いいよ」

「見とれちゃった?」

「う、うん」

「あー、わかった。もしかして、小津さんもアイス食べたかった?」

「えっ?」

 銀スプーンで掬ったチェリーのアイスを差し出せば、小津の目は驚きでまん丸になる。その表情に光喜が声を上げて笑うと、頬がポッと朱色に変わった。けれど口先までアイスを寄せたらおずおずと唇が開かれる。

「小津さん、光喜は寝てる? ……って、なにしてんの?」

 二人っきりだった空間にふいに声が響いて、小津の肩が大げさなくらい跳ね上がった。スプーンをくわえた状態で固まって、視線だけが戸口に向けられる。その先には疑問符を浮かべた勝利が立っていた。

「んー、アイス食べたそうにしてるからあげたの」

「ふぅん。ところで光喜、具合は大丈夫か? そろそろ俺たち帰るけど、どうする? 泊まってく?」

「あ、帰る帰る。明日は朝から大学に行く用事あるから」

「そっか、じゃあ車を呼んどくから」

「うん、わかった」

 小さな足音を立てながら勝利が階段を下りていくと、ようやく動き出した小津がスプーンから口を離す。突然の出来事と動揺でまた顔が真っ赤になっている。その顔に小さく笑って、光喜は残りのアイスを掬って食べきった。

「あっ」

「ん? どうしたの?」

「いや、その」

 急に声を上げた小津に光喜は目を瞬かせる。じっと目の前の顔を見つめると右往左往としていた視線がスプーンに注がれた。しばらくその意味がわからなくて首を傾げていたが、ようやく気づくと光喜はにんまりと笑みを浮かべる。

「間接キスしちゃったね」

 悪戯っぽくそう言うと小津は耳まで赤くして俯いた。相変わらず中高生みたいな純情さ。こんなにうぶな男の人は初めて見る。からかうように光喜が顔をのぞき込むと両手で顔を覆ってしまった。

「んふふ、小津さんは可愛いねぇ」

 傍にいると甘い蜂蜜が湧き出してくるみたいな不思議な感覚がした。トロトロの甘い感情に沈んでしまいたくなる。叶うならほろ苦い片想いをその甘さで塗りつぶして欲しいと思う。