04.用意された舞台の上で

 最初は告白してきた相手を振る方法、それを勝利は光喜に相談してきた。イケメンだけどものすごくストーカーみたいな男に告白されて困っている、そんな内容。小中高と一緒だった二人はそれぞれ違う大学に入って離れてしまったが、二年近く疎遠になっていたにもかかわらず、勝利は光喜を頼ってきた。
 初めはただそれが嬉しいという気持ちだけだった。

「そういえば、笠原くんはショウリって名前だった?」

「あ、違う違う。光喜が勝手にそう呼んでるだけ。俺の名前はマサトシ」

「マサトシよりショウリのほうが呼びやすいでしょ。小津さんも堅苦しく呼ばずにショウリって呼べば?」

「……まあ、いまさらどっちでもいいけどな」

「あー、えっとじゃあ、ショウリくん」

 鶴橋を振るために二人で付き合っているふりをして、三人でデートをして。なんとか諦めさせようとそれらしく振る舞った。けれど目の前で勝利が鶴橋にどんどんと傾いていくのを感じるほどに焦りを覚えて、思わず光喜は手を伸ばしてしまった。

 それは一番の親友だった彼を盗られてしまうという焦燥感だったのかもしれない。それを恋愛のドキドキと取り違えてしまったのかもしれない。けれど光喜の心の中にある恋のスイッチが音を立てた。
 これまで傍にいた彼女たちとは彼はまるきり違う。煌びやかでも華やかでもなく、華奢でも柔らかくもない。それでも胸で膨らんだ想いはいままでで一番輝いていた。

「光喜、飲み断ってるみたいだけど、最近は合コンは行かねぇの?」

「行ってない。全然そういう気分じゃないよ」

「女の子にドキドキしないとか、末期だな。いつから彼女いないんだっけ」

「……去年の、九月くらい。でももういいじゃん、それは。いまは勝利のことが好きだって言ってるでしょ」

「ふぅん」

 恋をしたのと同時に失恋は確定だった。けれどこのいびつな三角関係を望んだのは光喜だ。二人が想いを通じ合わせてもなお、諦めないと言った。それに対して勝利は、その気持ちに寄り添おうとしてくれた。
 すぐに諦めろ、とは言わずに次の恋が見つかるまで、猶予期間を与えてくれた。相手がいないことが珍しいくらいの光喜が恋から遠ざかっていた、その心情を思いやってのことだろう。本当だったら光喜には構わず恋人ともっと二人きりで過ごしたいはずだ。

 ふとそんなことを思って、感じる視線の先を見つめ返す。出会ってからずっと、その視線は光喜に向けられていた。まっすぐな眼差しの意味をなんとなく悟ると、無意識に息をついてしまう。もうそろそろ潮時なのかもしれない、そんな思いが光喜の中に広がった。

「小津さんは彼女いるの?」

「えっ? あ、あー、その、僕は、女の人が駄目なんだ」

「あ、勝利とおんなじなんだね」

「うん」

 少し困ったように笑う小津の表情。それは予想が確信に変わる瞬間だ。この場が自分に対してのお膳立てなのだとわかると、笑っている勝利のことが憎くらしく思えてしまう。それでも光喜はなにも知らないふりをして笑みを返した。これが彼の最大限の配慮なのだと感じるから。

 いつまでもしがみついていられない。いつか離れなくてはならない時が来る。しかしいますぐに気持ちを切り替えることはできない。
 だからしばらくはこの男の経過観察をしてやる! そう思いながら光喜はジョッキのビールを飲み干した。