25.錆び付いていたスイッチの音
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 この想いは本当に恋なのだろうか。吊り橋効果なのではないか。そう疑いはしたけれど、きっかけがなんであろうとも光喜はまっすぐに勝利が好きなのだと思っていた。しかしその想いが自分勝手な好奇心から来る感情なのだとわかると、すべてが真っ黒に塗りつぶされたような気分になる。

「……やっぱり、間違いだったんだ」

「光喜?」

「俺みたいな自己中なやつが、本気で誰かを好きになるなんてあり得なかったんだよ。いままで恋人が途切れなかったのも、一人でいるのが寂しかったからだ。好きだなんて言って、自分のためだけに利用してきた」

 結局どこまで行っても自分本位な恋愛でしかないのだ。本当に好きな人のことを想うなら、二人が寄り添った時点で身を引くべきだった。それなのに光喜は自分の隙間を埋めるためだけにしがみついた。

「馬鹿ねぇ、言ったでしょ。恋に間違いなんかないの。どんなはじまりであれ、あんたの胸は恋い焦がれて苦しくて切なくてたまらなくなったんでしょ。それが相手のことを本気で好きだって言う証拠よ。本当に自己中な男なら見切りをつけてスッパリと感情を捨てられる。もしいままでの光喜がそうだったとしても、いまの恋には執着したの。ちゃんと自分から好きだって思える恋ができて良かったじゃない」

 俯き視線を落とした光喜に、姉は明るい声で笑った。その声で塗りつぶされていた世界にほんの少し光が射した気がする。
 子供の頃の光喜はひどく内気だった。だから追いつくことなくどんどんと先へ進んでいく瑠衣が羨ましくて妬ましくて仕方がなかった。けれどいまはこうして向き合って前を向かせてくれる。母親になった彼女は随分と懐深くなったような気がした。

「さすがに姉さん、年の功だね」

「ちょっと、なにそれ、馬鹿にしてんの?」

「いや、さすがに大人だなぁって」

「なに若者ぶってんのよ」

「えー、俺まだ二十歳だもん。若者でしょ」

「わたしだってまだ二十代だっつーの!」

 口を尖らせてフォークをケーキに突き刺した瑠衣に思わず声を上げて笑ってしまう。そしてそれと共になぜか涙がこぼれ落ちた。自分でも思いがけないそれに光喜は目を瞬かせる。けれど頬にこぼれ落ちたものを拭うとゆるりと口の端を持ち上げた。

「好きになれて、良かったかな」

 ついて出た言葉と一緒に胸に溜まっていたものが吐き出されていく。胸が軽くなると心の奥で小さくパチンという音が鳴り響いた。

「よし、光喜、苺のタルトも追加ね。あんたのおごりで」

「えっ! ちょっと待って、俺、苺も買ったんだけど」

「相談料よ。別にいいじゃない。あんたお金に困ってるわけじゃないんでしょ」

「うっ、まあ、そうだけど」

「はい、じゃあ、決まり! ちこー! 苺タルト二つ!」

 ご機嫌な様子でカウンターを振り返った瑠衣にため息がこぼれる。懐深くなったというのは前言撤回だ、そう思うものの、その明るさに救われたのは間違いない。いくつになっても頼もしい姉だ。泣きべそをかいて俯く光喜の手を力強く引いてくれるのは、いつだって彼女だった。

「でも、あんたの片想いは気になったけど、いま気にしてるって言う人のほうが興味深いわよねぇ。好きだって言われて引いちゃってる感じ?」

「……ううん、まだ好きだとかそういうのは言われてない。けど、なんていうか反応が、そうなのかなぁって」

「ふぅん、いまはちょっと考えてみようかなって気持ち?」

「んー、気にはなっているんだけど。……俺、その人の好みからかなり外れてるんだよね」

「本人に言われたの?」

「いや、違うけど。写真を見ちゃって、いままでの彼氏の。なんかこうすごく守ってあげたくなるような可憐さで、大人しそうな綺麗な人ばっかりだった」

「まあ、あんたはどう逆さにしたって大人しくも可憐でもないわね。我が弟ながら立派に男らしく育ったものよ」

 やけに誇らしげな顔で親指を立てた瑠衣に光喜はひどく複雑な気持ちになる。いまの自分に不服があるわけではない。けれど隣の芝生が青く見える、と言う心理によく似ていた。勝利の時も感じた劣等感のようなものだ。
 少しでも相手の好みに当てはまれば、まっすぐに向かって行けただろう。しかし明確な気持ちがわからないいまは裸でその想いに飛び込むことはできない。自分の思い込みだったらと思うと、怖くて先へ進めない。

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