74.想像もしない展開
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 深い眠りから目が覚めた時、そこに小津の姿はなかった。目を瞬かせて身体を起こしたら、腰がひどくだるくて重い。肩から毛布が滑り落ちると、そこには昨夜の情事の痕が残っている。身体中に散ったうっ血の痕をなぞって光喜はふっと重たい息を吐く。
 横たわっていたのは布団ではなくベッドの上。汚れた身体は綺麗になっていて、Tシャツを着て下着も穿いていた。意識が落ちる前はお互い裸で、小津に抱きしめられて眠った記憶がある。

「そりゃそうだよね。……泥酔して目が覚めたのがこの状況じゃ、逃げたくもなるよね」

 くずかごに放り込まれているゴムの数と、明らかにやりましたと言わんばかりの身体。あの真面目な男がこの惨状をすんなり受け入れられるとは思っていなかった。それでもこうして後始末をしてから逃げ出すところはあの人らしい。
 二人で乱れた布団はご丁寧に畳まれていた。ぼんやりと昨日のことを思い返しながら光喜は再びため息をつく。しかしいつまでもこうしていても仕方がない。重たい身体を持ち上げてベッドから降りた。
 しかし戸を開いて無意識に小津の姿を探してしまう。いるわけがないと思いながらゆるりと視線を動かしたら、目先に思いがけない人物がいた。

「……勝利? なんでいるの?」

 予想外の展開に少し頭が追いつかない。けれど戸口に立つ勝利の向こう側へ視線を向けると、鶴橋と、小津もいた。視線を向けられた小津はひどく気まずそうな顔をして俯く。

「あー、まあ、それはちゃんと話す、けど。その前にお前ちゃんと服を着ろ」

 立ち尽くす光喜に勝利はひどく困惑した表情を浮かべた。それでもこの身体に残された痕を見て驚かないところを見ると、昨夜のことはすべて知っているのかもしれない。まさかこういう展開になるとは思っていなかった。大きく息をついて光喜は髪をかき上げる。

「面倒くさい、だるいから座っていい?」

 ひどく気分が落ち込んだ。おぼつかない足でソファにたどり着くと、そこに腰を下ろしてクッションに顔を埋める。正直言えば、馬鹿野郎と叫びたいくらいの気持ちだったが、それを抑えるようにクッションの端を握った。
 身体を横たえた光喜をのぞき込んでくるのは勝利で、じっと見下ろされて視線だけを持ち上げる。

「光喜、お前、小津さんに気があったのか?」

 心底不思議そうな顔で見つめてくる勝利に重たいため息が出た。しかしその疑問もいままで二人で過ごしてきた時間を知らなければ当然ではある。四人でいる時の光喜は少しもそういう素振りを見せてこなかった。
 心配して小津を焚きつけるくらいだ。いきなりこの展開では勝利にとっても予想外だろう。

「……気があったって言うか、興味だよ、興味」

「え?」

「なんかこっちに気があるのかなって雰囲気だったから、様子見てたけどなんにもリアクションがないし」

「それで寝込み襲ったのか?」

「そう、だよ」

 真偽を確かめるようなまっすぐな視線。それに言葉が詰まる。けれどその視線から逃れるように、光喜は身体を起こしてクッションを抱きしめた。しかし小さく足を抱えてそこに顔を埋めると、ため息と共に手が伸びてくる。その手は光喜の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「それだけじゃないんだろ?」

「……それだけだよ!」

「そんなに簡単なことじゃないだろこれは。なんとも思ってない相手に、簡単に自分の身体を明け渡せるほど、お前は軽い男じゃないだろ」

 頭を撫でていた手があやすように優しく触れてくる。そのぬくもりにじわりと光喜の目に涙が浮かんだ。その顔を見て勝利は仕方がないやつだと言わんばかりの笑みを浮かべる。

「勝利のほうが良かったかも」

「馬鹿だろお前。俺は自分を好きだって言ってる相手をほかの人に紹介するような男だぞ」

「それでも勝利は優しいし、俺のこと放っておかない」

「いいか、それは、お前が俺の大事な幼馴染みだからだ」

「……知ってるよ。でも、こんな思いするくらいなら、勝利で良かった」

 こんな時でさえまっすぐに向かってきてくれない。覚えていなくてもそれでいいと思っていた。頭を下げられても仕方ないと思っていた。けれどこれはあんまりだ。どうして関係のない人たちを巻き込んでまで、自分から遠ざかろうとするのか。その気持ちが光喜には理解できなかった。

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