21.二人のこれから
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 ゆっくりとした時間を過ごし時刻が迫ると、敦子と希美、そして愛犬三頭が駅まで送りに出てくれた。もっともその原因は凛太郎と茶太が光喜がいなくなるのを察して子犬のようにクーンクーンと鳴き出したからだ。

 そして駅の改札でもやたらと切なげに鳴き声を上げる。またねと彼が頭を撫でれば、大きな身体をこすりつけて自分たちの匂いを染み込ませようとした。行く手を阻むように足にまとわりつく二頭に敦子は離れるよう言い聞かせる。
 後ろで寂しげな目をして黙っているシロウは、じっと光喜を見つめてなにかを訴えかけているようにも見えた。彼が名前を呼ぶと遠慮がちに近づいてきて差し出した手をぺろりと舐める。

「修平、もう行っていいわよ。この子たちに構っていたらずっと電車に乗れないわ」

「お兄ちゃん、光喜くんまたね」

「うん」

「あ、えっと、お世話になりました!」

 ぺこりと頭を下げた光喜に女性陣は笑みを浮かべる。改札を抜けると背後から悲愴な鳴き声が聞こえてくるが、振り返ると余計に彼らの気持ちが募ってしまうので我慢をしてホームへと向かった。
 人の多くない田舎の駅は電車を待つ人はそれほどいない。電光掲示板で電車の時刻を確認して乗り継ぎ駅の到着時間を調べると、電車が来るまでもうしばらく時間があったので二人はホームのベンチに腰かけた。

 あっという間だったねと笑う光喜の様子に、色々とあったが来て良かったと小津は息をつく。そして今度はいつ来ようかと考えていると、ワンと犬の吠える声が聞こえた。その声が聞こえた先に視線を移せば、線路の向こう、金網越しに凛太郎と茶太、シロウが尻尾を揺らしているのが見える。
 わざわざ道を回ってきてくれたのか、その後ろではリードを掴む敦子と希美の姿もあった。こちらを見つめる視線に光喜が大きく手を振ると、やんちゃな二頭は金網に前足をかけてまた吠える。

「凛太郎! 茶太! シロウ! また来るね!」

 立ち上がった光喜の声が響くと、三頭は嬉しそうにぶんぶん尻尾を振り回した。そうしているうちに電車が近づいてきてそれはホームで停車する。開いたドアから乗り込んで、向かい側のドアから外を覗くとまだ彼らはまっすぐとこちらを見ていた。
 ゆっくりと電車が走り出せばそれを追いかけるように走り出し、慌てた様子で敦子と希美が追いかける。けれど電車がどんどんと加速して追いつけないと悟ると、足を止めてじっと電車を見つめていた。

「なんかすんごく寂しい」

「うん、また来よう。いつがいいかな。冬休み、お正月とか。あ、年明けてからでもいいね。二人でゆっくり初詣とかも行きたいし」

 瞳を潤ませた光喜の頭を小津が優しく撫でると振り向いた彼は嬉しそうに頷く。そっと隣り合った手を握れば、ぎゅっと強く握り返してくれる。これから先の未来、彼と一緒に歩いて行くことができるのだとそう思うだけで小津の心は躍るようだ。

「たくさん思い出を作ろう。いっぱい色んなところへ行こう。光喜くんとの時間を大事にしたい」

「じゃあ、今度のアルバムは俺で埋め尽くしてね」

「……光喜くん、わりとそれ気にしてた?」

「えー、気にしちゃうよ。あれ見て結構ショックだったもん。俺って好みの範疇外だって」

「ごめん」

「でもまあ、いいよ。結果良ければすべて良しって言うじゃん」

 申し訳なさそうに眉尻を下げた小津に小さく笑った光喜は明るい笑顔を見せる。いつだって彼はこの笑顔で恋人の過ちを許してくれた。自分も不安でたまらないはずなのに、それを飲み込んでまで抱きしめてくれる。
 この気丈さに救われもするけれど、それ以上にもうそんな想いをさせたくないと思う。見た目以上に繊細な彼を悲しませることは、二度としたくない。

「僕は、光喜くんが幸せだと思えるように君を愛していきたいよ」

「えっ? あ、なに、こんなところでそういうの狡いでしょ。ちょっと、やめてよ。恥ずかしい」

 まっすぐに瞳を見つめると彼は耳まで赤くして視線をさ迷わせる。けれど離れていこうと一歩後ずさる光喜の手を小津は強く握りしめた。そうすると逃げ場がないことを悟ったのか顔を俯かせて視線を外す。

「迷惑だった?」

「違うよ。こういうのは、もっと二人っきりの時に言ってよ。抱きつけないじゃん、もう」

「そうだね、僕も光喜くんを抱きしめられなくてもどかしいかも」

 カタンカタンと電車が走る中でお互いなにも言葉を紡がずにただ黙って手を握り合う。流れていく景色、空間に響くアナウンス、微かな人の気配。それを感じながら、早く二人だけの時間に戻りたいと思う。
 桜色の季節から始まった恋は月日を重ねるごとに鮮やかに色づいた。そして二人を繋ぐ赤い糸はもう解けないくらいにしっかりと結ばれた。思い出は優しく降り積もるように重なっていく。

「ねぇ、小津さん」

「なに?」

「誕生日に、ここにプレゼントちょうだい」

「……うん、いいよ。二人で探しに行こうか」

「やった! 約束だよ」

 繋いだ左手を持ち上げて薬指を叩いた光喜は、やんわりと目を細めた小津に陽だまりのような笑みを浮かべる。そしてクリスマスプレゼントを待つ子供みたいに目を輝かせた。彼の指にそれが輝く時、それはきっと二人を繋ぐ新しい絆になる。
 これから様々なものを積み重ねていくだろう恋人は、未来の約束もたくさん積み重ねていく。彼と共に迎える毎日が穏やかに、そして優しい日々であるように願うと二人で澄み渡る空を見上げた。

君と歩くこれからの毎日/end

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