マイラブ・ベア

01.あの人に贈りたいもの

 思いがけないサプライズから一ヶ月、お返しのホワイトデーが明日に迫った。いままで光喜は付き合ってきた彼女たちに色々なものを買ってあげてきたけれど、やはりここは自分で選んだものを、と考える。
 しかし先週誕生日だった彼にプレゼント――お揃いのマグカップを渡したばかりだ。こう立て続くと渡すものにひどく悩んでしまう。

「おーい、光喜。なにかいいの見つかったか?」

 じっと商品の陳列棚を眺めていると、後ろから声をかけられた。振り返れば見慣れた顔、幼馴染みの勝利が首を傾げて立っている。彼も彼氏にお返しを買うために出てきているのだが、先ほどから入り口の辺りをぶらぶらしているので、ここには目当てのものがなかったようだ。

「んー、ここはいいや。あんまり惹かれるものがない」

「そんなこと言って相当悩んでたぞ」

「可愛いと言えば可愛いんだけど、なんかイメージが湧かなくてさ」

 一緒にご飯を食べる時の食器でも買おうかと思っていた。入ったお店はわりとおしゃれなカントリー風で可愛いものが多い。けれどそうは思うもののそれほどピンと来なかった。

「じゃあ、次に行こうぜ」

「うん」

 二人で待ち合わせをして品選びを始めて、もう軽く一時間は過ぎている。男の買い物にしては随分と長いが、光喜も勝利もお互い妥協はしたくないタイプだった。

「勝利のほうは目星ついてるの?」

「んー、逆にあり過ぎて悩ましいな。冬悟さんって自分のものにわりと無頓着だから買ってあげたいものが多過ぎる。シャツもネクタイも似たり寄ったりだし、ライターなんておまけだし」

「ああ、使えればいいタイプね。それなのに適当に見えないところが鶴橋さんのすごいところだよねぇ」

 幼馴染みの恋人は相変わらず隙のない男前、に見える。それでも付き合って一年が過ぎて、かなり甘えて来るらしく可愛いと惚気てくる勝利が面倒くさい。
 それに肩をすくめてからふと光喜は首を傾げた。そういえば自分たちもそろそろ一年ではないかと。そう考えると三月は誕生日にホワイトデーに記念日と目白押しだ。

「一年の記念日ってなにかした?」

「ん? いや、なにも」

「えー? そうなの?」

「付き合った記念日とか、するか? 光喜がアニバーサリーを意識し過ぎなんだよ。ケーキを買うくらいでいいんじゃねぇの?」

「んー、まあ、あんまり気を使い過ぎても小津さんも余計に気を回しそうだしな」

 記念日は一緒にご飯を食べに行くくらいでいいだろうかと頭の中で色々な予定を立てる。相変わらず光喜自身も忙しいが小津も暇がない。今日も仕事の納期前らしく大詰めだと言っていた。
 それでも明日は身体を空けてくれる約束をしてくれて、夜に彼の家へ行くことになっている。けれどもしかしたら大仕事のあとで疲れているかもしれない。そう考えるとやはりすでに気を使われているのは間違いないだろう。

「俺って重たいかな?」

「え? 光喜が? そうでもないだろう」

「ほら、小津さんって優しいでしょ。わりと自分の都合を後回しにしても相手を優先するというか」

 初めてのデートの時、彼は仕事で忙しかったにもかかわらず暇を持て余している光喜に付き合ってくれた。当時の状況は詳しく聞いてはいないが、一度は断りを入れていたのに来てくれたことを考えれば、優しさの塊でしかない。

「まあ、そういうところあるけど、それだって誰でもってわけじゃないだろ。お前だからなんとかしようと思うんじゃねぇ? それにマジで無理だったら断るって」

「そっかぁ」

 普段からいいよいいよと彼が笑うからなんでも甘えてしまう自分に光喜は自覚があった。しかし忙しい毎日は充実しているし楽しい。けれどふと時間の合間で寂しくなる。
 こんなに寂しい思いをするのなら余裕ぶったふりはせずに、すぐにでもあの家に転がり込めば良かったとさえ思う。大学を卒業するまであと一年、それを想像すると随分と果てしないような気になった。

「光喜、これ」

「ん?」

 隣を歩いていた勝利がふいに立ち止まり、なにかに視線を向けている。それに振り向いて光喜が近づくと、にんまりと笑みを浮かべてショーウィンドウの先にあるものを指さした。
 何気ない気持ちで視線を移した光喜だったが、それを目に留めるや否や、ガラスに貼り付く勢いで近づいた。

「なにこれ、可愛いっ」

 小さなショーウィンドウの向こうにはテディベアを初めとしたクマの雑貨がたくさんあった。ティッシュカバー、ティースプーン、箸置き、ランチボックス、とにかくすべてがクマづくしだ。
 第一印象から彼のイメージがこれだったために、光喜の中でクマと言えばイコール小津に直結する。

「デザインが子供っぽくなくていいなぁ」

「行ってみようぜ」

「うん!」

 瞳を輝かせた光喜は足を踏み出した勝利につられるままにあとに続く。扉の向こうは思ったよりも飾り気のないシンプルな内装で、男二人でもそれほど浮くことがなかった。
 並ぶ商品は表で見たもの同様にデザインが少女趣味ではない。ターゲットはおそらく大人の女性なのだろう。

「ちょっと自分用にも欲しいかも」

「お前の部屋、最近クマにまみれてるよな」

「だって可愛いんだもん」

 少し呆れたような視線を向けられて光喜は頬を染める。言われるように近頃クマアイテムが部屋に増えた。インテリアが変わるほどあからさまに持ち込んではいないが、コースターやマグカップ、プレートなど、ちょっとしたところに紛れ込んでいる。
 独り寝が寂しくて買った大きなぬいぐるみの存在を知られたら、おそらく余計に呆れられるだろう。

「小津さんちもクマまみれにすんの?」

「いやぁ、さすがにそれはしないかなぁ。だって自分がクマみたいって思われてるの嫌かもしれないでしょ」

「そうか? 絶対に昔から言われてるって」

「うん、まあ、想像はつくね。昔から身体が大きかったし。でもクマはクマでもふわふわのぬいぐるみのクマかな。あっ、ウェディングベアみたいなの欲しい。んー、でも男の子同士はやっぱりないよね」

 並んだテディベアはタキシードにドレスのカップルバージョン。普通に考えてセットものであればこの組み合わせになる。夫婦茶碗や夫婦箸が男女のセットであるようにウェディングものは仕方がない。
 けれどテディベアを見つめている光喜の後ろでふいに勝利が店員に声をかけた。

「これって単体で売ってないんですか?」

「えっ? 勝利、いいよ。カップルが離れ離れになったら可哀想だよ」

「ちょっとくらい時間がかかってもいいだろ。一周年記念にすれば?」

 驚く光喜をよそに勝利はさっさと店員と話をつけてしまう。けれど取り寄せで良ければ好きなものを組み合わせていいと言われて胸が弾まずにはいられなかった。
 カタログを手渡されるとしばらく光喜は真剣な面持ちでそれを見つめる。そして店員に微笑ましそうに見つめられながら、身体の大きなこげ茶色の子とミルキーブラウンのテディベアを選んだ。

「で、ほかになに買ったんだ?」

「えっとね、小津さんに食器はやめてティースプーンとシュガーポット。自分用にキースタンド」

「どんどんクマクマしくなっていくな」

 店を出ると日が暮れてかなり暗くなっていた。携帯電話で時間を確認すればもう十九時になっている。しかしあとは勝利の用事を済ますだけだと、それをポケットにしまおうとした光喜の手がふいに止まる。
 表示された通知をタップすると小津からで、夕飯は食べたか、と言うような内容だった。

「どうした?」

「小津さんがご飯は食べたのかって」

「忙しいんじゃないのか?」

「あー、そうなのかも。ご飯は作れなさそうだからまだなら勝利とご飯してきてって」

「ふぅん、ならどっかで食ってから帰るか?」

 この様子だと下手に気を使ってご飯を届けたりはしないほうがいい。おそらく仕事に集中したいはずだ。それでも根を詰め過ぎないでね――と光喜がメッセージを送れば、早く会いたいから頑張ると返ってくる。
 その言葉に嬉しくなって、いますぐにでも会いに行きたくなってしまう。

「そうだ、鶴橋さんは?」

「そろそろ仕事が終わるかもな」

「じゃあ買い物が終わったら三人でご飯食べよ。あんまり急いで行っても小津さんを急かしちゃうし、ゆっくりしてくるって返事した」

「なら、冬悟さんに連絡しておく」

「うん」

 会ったら目いっぱい抱きしめて、たくさんキスをしてお疲れさまと言ってあげよう。我がままは言われたことがないけれど、なんでも聞いてあげよう。
 いますぐに会いたい気持ちを胸にしまって「大好き」その気持ちだけぽんと指先で送る。それに返事はなかったが、光喜には画面の向こうで真っ赤になっているあの人が想像できた。