決別02

 ガラスの向こうを見る鳥羽の視線につられ首を動かしたと同時か、コツコツと向こう側からガラスが叩かれた。ひらひらと手を振り、ゆるりとした笑みを浮かべた人物に俺もまた驚きをあらわにする。

「お前ら最近、噂になってるぞ」

 俺たちのいる席に来るなりそう言って、峰岸は遠慮もなく隣の椅子に置いていた俺の鞄を背もたれにかける。そして声をかける間もなく隣に座り、テーブルに片肘をついた。相変わらずのマイペースさに俺と鳥羽は一瞬だけ顔を見合わせる。

「会長と噂になるよりマシですわ」

「なんだそれ、俺じゃ嫌なのかよ」

「私は会長となんてごめんですもの」

 甘いキャラメルの匂いがする珈琲を飲みながら、峰岸はあからさまに顔をしかめる。その苦々しい表情に鳥羽はふいと顔をそらし、口元に手を当て小さく笑った。

「お前、面倒くさいからな」

 まだ俺たちに上級生がいた頃。峰岸と噂が立った鳥羽が、何度となく上から難癖つけられていたのを見かけたことがある。いまでこそ鳥羽にそんなことを言える奴らはいないが、本人の容姿や性格と相似て、峰岸の周りは派手な連中が多い。結局のところこいつは相手にするにはひどく面倒くさい男なのだ。

「本当、面倒くさいですわ」

「うるせぇよ」

 冗談めかして俺に乗じた鳥羽に、峰岸はもの言いたげに目を細めた。

「藤堂がよくて俺が駄目ってどういうことだよ。大体こいつだって俺と変わんねぇだろうが」

「俺とお前じゃ全然違う」

「違わねぇ」

「二人とも、子供みたいなところは大して変わりませんわ」

 俺と峰岸のくだらない言い争いに、鳥羽は肩を揺らし笑みを深くしていた。それにしても峰岸一人増えただけで途端に場の空気が賑やかになる。そしてどことなくこちらを振り返る視線が増えた。いつもながら目に見えてわかる華やかさがある男だ。

「なに、帰んのか」

 教科書とノートを片付け始めた鳥羽に、峰岸は眉間にしわを寄せた。

「会長がいると目立ち過ぎて嫌ですわ」

「おい、それじゃあ、マジで俺がスゲェ邪魔した悪もんみてぇだろうが」

「正しく言うと、あなたたちが揃うと悪目立ちし過ぎですの」

 不機嫌を隠さずに口を曲げた峰岸に、鳥羽は笑って肩をすくめた。

「俺は悪くない」

 一年の頃からよく周りに言われていたが、目立つの俺のせいではない。峰岸が目立ち過ぎるから俺まで巻き込まれるのだ。

「あ? 俺だけになすりつけんなっつーの。ってか、お前ら二人でも十分目立ってるんだよ!」

 ますますふて腐れたように口を尖らせた峰岸は、カップを両手で掴みテーブルに両肘をつく。中身をわざとらしく音を立てて啜りながら、じとりと鳥羽に視線を向けた。デカイ図体に似合わぬ子供じみた態度に、鳥羽は小さく声を上げて笑った。

「ふふっ、私はこれで失礼しますわ。会長は彼に用があったのでしょ」

 椅子に置いていた鞄を肩にかけ、空になったグラスを手にすると、鳥羽はさっさと席を立ち俺たちに背を向けた。
 鳥羽がいなくなりしばらく沈黙が続く。隣の峰岸はカップの端をくわえ、まっすぐ前を見たままこちらを振り向こうとしない。無言のまま動かない峰岸にため息をついて、俺は目の前のノートを閉じ教科書に重ねた。

「相変わらずなにもしてないんだろう」

「めんどくせぇ」

「たまには勉強しろ」

 ぼそりと呟いて目を細めた峰岸の頭を、ため息交じりに教科書とノートで軽く叩く。勉強が嫌いな割にこの男は不思議と成績が落ちない。それをいいことに努力を怠っているが、そのうち痛い目でも見たらいいと思ってしまった。

「邪魔だ」

 椅子の背もたれにかけられた鞄に手を伸ばすと、急に後ろへ重心を傾けた峰岸に遮られる。

「お前に殴られる覚悟はしてたんだけどな」

「俺に殴られたいのか」

「んなわけあるかよ。そういう趣味ねぇし」

「じゃあ、殴る理由もないだろ、どけ」

 納得いかないようなムッとした表情を尻目に、無理やり背中を押す。峰岸は渋々という態でまたテーブルに肘をついた。

「なぁ、藤堂。……ちゅーして」

「は? 絞め殺すぞ」

 鞄に教科書やノートをしまっていた俺の手を掴み、こちらを振り向いた峰岸に思わず片頬が引きつった。けれどあからさまな態度で眉間にしわを寄せた俺に、峰岸は吹き出すようにして笑った。

「そっちのほうがお前らしい」

 いつまでも肩を震わせ笑っている峰岸の手を振りほどいて、俺は深いため息をついた。
 本当は殴られる理由も殴る理由もはじめからわかっていた。あの時、あの瞬間、鳥羽が来なければ俺は間違いなく峰岸を殴り飛ばしていただろう。でもいまこいつを殴るのは違う気がした。誰が悪かったとか考えるなら、やはり俺が悪かったのだろうと思う。

「馬鹿だな、お前は」

 なんでまた見込みのないところに転がっていくんだろうか。

「好きなんだろ」

 あの時、挑発するかのように俺を見据えて、決して彼を離さなかった。感情的になっていた一時のことかもしれないが、あれがこいつの根っこにある本音だったんだろう。

「お前に、それを聞かれるとは思わなかったわ」

 少し眉尻を下げて小さく笑うと、峰岸は肩をすくめた。

「……好き、だな。ってか好きになんだろ、あの人の傍にいたら。どうしようもないくらい可愛くて仕方ない」

 躊躇う表情を見せたが、俺の視線に諦めがついたのか、峰岸はため息と一緒に本音を吐き出した。そしてほんの少し左右に泳いだ目を伏せ、動揺を誤魔化すように前髪をかき上げる。

「けどもう、接点なくなったしなぁ」

「それだけで諦めるような男だったか、お前」

 確かに創立祭も終わって急速に二人の接点はなくなるだろう。それでも誰だって諦めるタイミングがなければ、そう簡単に相手を忘れられるものではない。俺も人のことを言えない相当諦めの悪い男だ――だからその気持ちはわかる。

「そういや俺、まだお前に振られてもないんだけど」

「そんなに何度も振られたいのか」

 にやりと笑ったその顔に目を細めれば、ふっと視線をそらし首を傾げて考える素振りをする。

「いや、やめとくわ。お前とはいい思い出にしとく」

「は? 思い出にしなくていい。潔く振られろ」

「やだ、やっぱお前のことも好きだわ」

 腹を抱えて笑いだした峰岸の声に、周りの無遠慮な視線がこちらを振り返った。
 いつもの調子に戻ったこいつのせいで、どっと疲れが押し寄せた。通り抜けるのを邪魔する身体を無理やり押し退けカフェを出ると、沿線の違う峰岸を俺はさっさと巻いてしまおうと改札を抜けた。後ろをのらりくらりとついて来ていた峰岸は、そんな俺の行動に肩をすくめてひらひらと手を振った。