決別06

 思いつきで色々と決めてしまったが、少しの迷いはあったりする。ただ傍にいたいという気持ちが強くて、もちろんそれだけではないけれど。考えてみたらかなり自分勝手なことに付き合わせるんじゃないかと不安にもなった。
 しかしあれから何度となくことの真相を伝えようと試みるものの、やんわりとそれを藤堂に断られてしまうのだ。なぜ藤堂がそこまでして拒むのかがわからない。

「どこまで僕の考えを読み取ってるんだ」

 たまに藤堂は超能力者なんじゃないかと、本気で疑いたくなる。そして相変わらず綺麗に笑うその裏側がよく見えなかったりもする。それは嘘をついてるとかそういうのじゃなくて、本心を隠す傾向があるのだ。
 それは藤堂に身についた残念な癖の一つ。早くそんな癖は治してやりたいと思うけれど、なかなかどうして元々の性格も相まってか、それは一筋縄ではいかないのが現実。

「はぁ」

 思わず深いため息を吐き出してしまった。まだまだ難しいことはたくさんある。

「駄目だ駄目だ、ため息ついてる場合じゃない。とりあえず色んなことは横に置いて、せっかく出かけるんだから、気持ちを明るく行こう」

 そうだ、出かける理由はなんであれ、せっかく藤堂と一緒にいられるんだ。もっと前向きに行かないと、そもそもこの思いつきは久しぶりに二人で一緒に過ごすという計画だ。

「よし、うん。楽しいことを」

「佐樹さん?」

「えっ? あ、わ、藤堂」

 急に声をかけられ、いつの間にか目の前に立っていたその存在に気がついた僕は、腰かけていたベンチから慌てて立ち上がった。
 しかし反射的に立ち上がってしまい、前後の間合いも取れなかった僕は思いのほか近かった藤堂との距離に、あたふたと後ろへ下がろうとしてベンチに足を取られた。

「大丈夫ですか?」

 受け身をとる余裕もなく、無防備なまま後ろへひっくり返りそうになった。そんな僕を藤堂はあ然としながら抱き止めた。

「だ、大丈夫だ」

「気をつけてください」

「ん、悪い」

 苦笑いを浮かべる藤堂に気恥ずかしさが増して、顔が熱くなる。
 悶々とした思考から現実に帰ると、目の前を走り抜ける電車の音がやけに耳に響く。ふと改めていま自分がいる場所を思い出した。

「なにを一人でぶつぶつ呟いてたんですか」

「あ、いや、なんでもない」

 心配げな表情でこちらを覗き込む藤堂の視線から逃げると、ほんの少し眉をひそめて首を傾げられてしまった。でも本当のことを言えるわけもなく、誤魔化すように笑ったらため息交じりに頭を撫でられた。

「まあ今日、俺と出かけるのが憂鬱で、それでため息ついていた。ということでないならいいですよ」

「バカ、憂鬱なわけないだろ、楽しみにしてた……の、に」

 あまりにも拗ねた言い方をするので、思わず言い返すように言葉が口をついて出る。けれど藤堂の浮かべた表情で、それは次第に尻すぼみに小さくなっていく。少しふて腐れた顔をしていた藤堂だったが、僕の言葉にゆるりと口角を上げた。子供みたいな無邪気さと、企みのある意地の悪さを含んだ目でこちらを見つめる。

「あ、えっと……ち、近い」

 右往左往と視線を泳がせて、ふと我に返った僕は、自分がいまだ藤堂に抱きかかえられている状態であることに気がついた。

「駄目ですか?」

「駄目に、決まってる。ここ駅のホームだ」

 間近に迫った藤堂の顔を押しのけ、身をよじって間合いを取ると、至極楽しげに微笑まれた。さすがにそれが悪戯なのか本気なのか真意を測りかねる。
 とりあえず休日の朝で人が少ないとは言えども、黙っていても相変わらず藤堂は目立つ。いつまでもこんなことやっていると、初めて駅前で待ち合わせた時みたいに、このホームにいる人や電車に乗降する人たちの目をさらうことになる。

 本人にはあまり自覚がないようだけれど、いまもちらちらと向けられる視線が恥ずかしくて逃げ出したいくらいだ。
 それにしてもここまで来たら、もう少しは自覚してもいい気がするのに、なんで藤堂はこんなに周りの視線に無関心なんだろうか。自分に、あまり興味がないから?

「うーん、知って欲しいような、そのままでいて欲しいような」

 今日は少し昔の藤堂を思い出させる全体的にモノトーンな装い。贔屓目じゃなくても、さり気なくバッグを肩にかけてただ立っているだけなのに、ちょっと普通の人とは違うオーラがある気がする。
 それに加え眼鏡や髪型も普段とちょっと違うから、いつも学校で見せるきちりとした雰囲気がなくて、誰がどう見ても高校生には見えない。以前から思っていたけど、藤堂がモノトーンの服を着るといつも以上に大人っぽくてますます年齢不詳だ。

 それといまの藤堂は視線も仕草も大人びていて、学校にいる時よりも肩の力が抜けている。多分きっと普段の藤堂よりも、こっちが藤堂らしい本来の姿なんだろう。とはいえ、確かに僕もいまの藤堂は好きだけど、こっちのほうがいつもより割り増しで男前度が上がるから、人の目が割り増し分と比例してたくさん集まるのが不満だ。

「佐樹さん、聞こえてますか」

「……」

 それにしてもいつから僕はこんなに女の子みたいな嫉妬するようになったんだろう。それと藤堂が格好いいのは嬉しいけど、一緒にいて周りに意外そうな顔をされるのは腹が立つ。そりゃぁ、僕はどう見ても十人並みかもしれないけど――。

「あんまり可愛い顔ばかりしていると、悪戯しますよ」

「えっ、あ、ストップっ」

 遠くで聞こえていた藤堂の声が急に耳元で聞こえて、再び我に返った。そして目の前まで迫っていた藤堂の顔に驚いて、思わず腰が抜けてしまった。

「わっ」

 とっさに藤堂を突き飛ばし、その反動でよろけた足がもつれ、終いに僕は背後のベンチに座り込んでしまう。

「危ないな」

「わ、悪い」

 あまりに一瞬の出来事で目を白黒させている僕に、今日何度目かの藤堂のため息が降り注いだ。

「佐樹さんは考えごとすると、すぐどっかに意識飛びますよね。俺もよくあるから人のことはあまり言えないけど、佐樹さんのは無防備過ぎてハラハラする」

「ああ、悪い。ちょっと、今日はお前といるから浮かれ過ぎてるかも」

 思えば顔を合わせることはあっても、こうして二人っきりでいるのは本当に久しぶりな気がする。自分が思っている以上に、今日という日に浮かれているのかもしれない。

「また、そういうこと言って、そんなに俺を喜ばせてどうするんですか」

「え?」

 頭を抑えてうなだれる藤堂に首を傾げたら、ますます困惑した表情を浮かべられた。

「……いえ、なんでもありません。そろそろ出発しましょう。お互い着いた時間が早いとはいえ、もう電車に乗って向かわないと新幹線に乗り遅れますよ」

「あ、ああ」

 差し出された手を取り立ち上がると、僕は小さく息をついた藤堂をまじまじと見つめてしまった。けれど藤堂はそんな僕から視線をそらして、無言のままベンチに置いていた僕のボストンバッグを掴む。

「なぁ、藤堂」

「なんですか」

 なにも言わずにさっさと背を向けて歩き出してしまった藤堂の背中を、慌てて追いかける。そしていつもより少し足早な様子に首を傾げてしまった。

「さっき僕はなにか変なこと言ったか?」

 僕の声に振り返った藤堂は、じっとこちらを見てなにか言いたげに目を細める。けれどその目を見つめ返せば、肩をすくめてまた歩き出した。

「ちょっ、藤堂」

 なにも言わずに背を向けられると、さすがに不安になる。追いすがるように藤堂の腕を引くと、思いっきり大きなため息をつかれた。

「なんか怒ってる?」

「怒ってませんよ」

「じゃあ」

「佐樹さん」

「ん?」

 歩みを止めた藤堂はなぜかひどく困った顔をして振り返る。その顔に疑問符を浮かべてしまうが、彼は開きかけた口を引き結んだ。

「なんだ?」

「とりあえず、電車に乗るまで大人しくしていてください」

「えっ」

「いや、電車でも大人しくしていてください。じゃないと電車の中で悪戯しますよ」

「は? なに、なんでだ?」

 冗談ともとれる発言だが、眉間にしわを寄せて難しい顔をしている藤堂からは、冗談と解釈するには難しいオーラが出ている。とりあえず頷いておかないといけない気がして、僕は何度も頭を縦に振った。