決別11
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 藤堂と外でのんびりと食事をするのは随分と久しぶりだ。それこそ初めて出かけた時以来だろうか。
 動物園へ出かけた時もなんだかんだと色々あって、二人きりにはほど遠い感じになってしまったし、実家に行ったから食事もみんなで済ませた。藤堂が喜んでいたのでそれはそれでよかったのだけれど、今日はなんだか少し気持ちがいつもより浮ついてしまった。

 普段まったく飲まないお酒を軽く舐める程度に飲んで、飲めないことをすぐ藤堂に悟られて、それは容易く奪い去られた。
 でも一口程度のアルコールならば、ちょっとテンションが普段より上がるくらいだ。ただしグラスに一杯飲みきると、さすがにすぐに酒が回るくらいの下戸でもある。

「佐樹さん本当に大丈夫です?」

「うん、平気」

 気分よくへらへら笑いながら歩いていると、さすがに藤堂の顔が心配げなものに変わる。でも日が暮れた帰り道でこっそりと手を繋いで歩いて、肩寄せて笑い合うそれだけなのに、いまは本当に幸せだと思えた。

「佐樹さんのは弱いというより本当に飲めないんですね」

「一口なら平気」

「まあ、その一口で、俺は気づいてよかったと思ってますよ」

 小さく息を吐いた藤堂の肩に頭をすり寄せたら、髪を梳いて頬を優しく撫でられた。それがくすぐったくて繋いだ手をぎゅっと強く握ったら、立ち止まった藤堂の唇が僕の額に触れた。

「佐樹さん、ちょっと可愛過ぎる」

「ん?」

 急に真剣な顔でこちらを見下ろす藤堂に少しドキリとした。でもその表情の意味がわからなくて首を傾げたら、突然抱きすくめられた。

「ちょ、さすがにここだと」

 人通りの多い道ではないので、いま誰かに見られるということはないかもしれないが、いつ人が来るかわからない。しかし慌てて身を引こうと目の前の肩を押した僕の手を取り、藤堂はその指先に口づける。

「ここじゃなかったらいいの? 俺、前にも忠告してますよね」

「え? えっと、忠告って?」

 まっすぐにこちらを見つめられて、恥ずかしさを感じるのに、その視線から目をそらすことが出来ない。そして藤堂の言う忠告という言葉を考えて思考を巡らせてみるも、心拍数が上がって若干テンパっている状況ではそれもうまくいかない。

「すみません」

「え?」

「俺が悪かったです」

「なんで?」

 強く抱きしめられていた身体をいきなりそっと離されて、さらには急に謝られ、ますます頭がついていかない。しかも藤堂が悪いってなんだ。いまのこの状況をまったく理解出来ていない僕のほうが明らかに悪いだろう。それなのに藤堂は申し訳なさそうな顔で僕の頭を優しく撫でる。

「わかるように言ってくれないと、僕は馬鹿だからわかんないって言っただろ」

「いや、いまはまだわかってない佐樹さんに、気持ち押し付けたくない」

「だから、意味わかんないって」

 俯いて顔をそらした藤堂の肩を拳で叩けば、その手をぎゅっと強く握られた。そしてこちらへ視線を戻した藤堂はなにか言いたげな目をする。

「佐樹さん、キスしてもいい?」

「……なっ」

 散々、今日何度も人のふいをついてしてきたくせに、急にそんなことを確認されては恥ずかしさしかない。頬が熱くなって顔を隠したくなったが、それでもこんな風にわざわざ聞いてくるくらいだから、多分きっとなにか藤堂の中で整理したいものがあるのかもしれない。小さく頷いて見せれば、そっと両頬に藤堂の手が添えられた。
 その温かい感触にゆっくり目を閉じれば、ふわりと至極優しく唇を寄せられる。決して深く押し入ることはせずに、何度も優しく触れるそのぬくもりに、なぜか胸が締め付けられる想いがした。

「またここになんか溜め込んでる?」

 離れていく唇を視線で追い、そっと藤堂の胸元を両手のひらで触れた。

「うーん、そろそろ色々とヤバイ感じですかね」

「え? そんなにひどいのか」

「……冗談ですよ。早く帰りましょう」

 一瞬、微妙な間があったが、にこりと微笑んだ藤堂に手を繋がれそれ以上のことを聞くことが出来ず、僕は先を歩く背中を追った。

 宿に戻って改めて部屋を見るとびっくりするくらい、いい部屋だと実感した。最初は本当に荷物を置いただけで出てしまったけれど、ついぐるりと部屋の中を歩き回ってしまった。
 広い客間は青々とした綺麗な畳敷きで、床の間には綺麗な花が生けられていた。広いテーブルは一枚板の重厚な作りで、備えられている座椅子にはふかふかとした座布団。窓際の縁側にも揺り椅子が二脚と小さなテーブルがあった。

 寝室は少し今風な仕様で洋間のツインだ。窓から見える景色は夜の闇に明かりがほのかに灯り穏やかで、いかにも温泉旅館というこの部屋で浴衣に着替えるとなおさらに気分が上がる。
 さらにこの部屋で一番驚いたところは――。

「藤堂、内風呂がある。絶景だぞ」

 おそらく使われているのは檜だろうか、とてもいい香りがする。小さいながらも景観が綺麗な露天風呂だ。しかしテンション高く振り返った僕とは対照的に、客間でくつろいでいたはずの藤堂は、なんだか苦いと言うか渋い顔をしていた。

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