決別23
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 あまりにもあっけらかんとした母の言葉に呆気にとられてしまった。いや、反対されたかったわけではないし、むしろ母にはちゃんと認めてもらいたいと思っていたから、結果的には問題ないのだが。あまりにもあっさりとし過ぎてどう反応していいのかわからない。それに先ほどまでの会話で気になることがまだ一つ解決されていない。

「母さん、もしかしてこのこと知ってたの?」

「知ってたわよ」

 僕の問いかけに、これまたあっさりとした答えが返って来た。それには驚いてしまったが、それと同時に僕は隣に座っている藤堂にも視線を向ける。母は自分に藤堂は一言も嘘や誤魔化しを言ったことがないと言った。解決されていないのはその言葉の意味だ。

「藤堂が言ったのか?」

 二人の関係について僕は言っていないのだから、ほかに母に言うとしたら藤堂しかいない。けれど藤堂は困惑した表情を浮かべるだけで返事をしない。

「それは違うわ。優哉くんは一言も、さっちゃんと付き合ってるなんて言ってないから」

「じゃあ、なんで? いつから!」

 なんだか全然話が噛み合わなくて、まったく意味がわからない。八つ当たり気味に大きな声を出せば、母に大きなため息をつかれてしまった。でも僕だけ状況をまったく理解出来ていないのがもどかしくて、苛立たしくなってしまう。

「最初からよ」

「え?」

「優哉くんが向こうのおうちに初めて来た日からよ」

 まっすぐと告げられた思いがけない言葉に、一瞬だけ時が止まった気がした。それを飲み込むまでに数秒要して、ようやく頭の中で理解すると疑問符か浮かぶ。

「どうして気づいたんだ」

「あの夜、二人がリビングで話をしているの、聞いちゃったのよ」

「……あ」

 母の言うその出来事はすぐに思い出した。それはあの時だ。明良と佳奈姉に巻き込まれて藤堂がお酒を飲んでいて、そのあとに二人がいなくなって、ちょっとしたすれ違いで藤堂と揉めた、あの時だ。あのやり取りを母に聞かれていたのか。話の内容もそうだが、そんなに初めからだったなんて、今更どんな顔をしたらいいのかわからなくなってくる。

「なんで、なにも言わなかったんだ。嫌じゃなかった?」

 いきなり実家に連れてきた男が、自分の息子の恋人だなんて知ったらどんな思いをするだろうか。もし僕が親だとしたら絶対に驚くのは間違いない。明良のおかげで僕自身は偏見を持つことはないけれど、でも、自分の子供だったら?
 本当にそう思えるだろうか。少なからずショックを受けたりするんじゃないだろうか。絶対と言える保証はない気がしてきた。

「それはもうその時はびっくりしたわよ。びっくりし過ぎて夜も眠れないくらいだったわ。でもね、優哉くんがすごくいい子だったから」

「それだけで?」

 藤堂のことは本当に母は気に入っている様子ではあったけれど、それとこれはやはり別問題な気がする。息子のただの男友達ならば、いい子だからね、で済むかもしれない。でも実際はそうじゃない。昔から異性としか交際したことのなかったはずの息子が、突然選んだ同性の恋人だ。

「まさか、それだけじゃわからないから」

「だから連絡先、聞いたりしたんだ」

 なんだかいまになって色んなことが繋がって、わかってしまった。藤堂の連絡先を聞いて、藤堂がどんな人物なのか探りを入れようと思ったんだ。そうでなければ母が勝手に僕の知らないところで、僕の友達の連絡先を聞くことはないはずだ。いや、いままで一度だってそんなことはなかった。

「そうよ。だけど聞いて失敗しちゃったと思ったわ」

「なんで」

「想像しているよりもずっと、優哉くんがさっちゃんのこと大好きだってわかっちゃったから、逆に辛くなっちゃった」

 最後の一言に、胸が押しつぶされそうなくらい痛くなった。やはりそんなに簡単に受け入れられることではないんだと、改めて思い知らされる。そして母に少しでも辛いと思わせてしまったことが申し訳なかった。でもそれでも、それを知ったいまでも、藤堂と別れる気にはなれない。

「母さん、ごめん。でも無理だよ、藤堂と離れるのは無理だ」

「優哉くんにはすごく大事な人がいて、その人とお付き合い出来ることがすごく嬉しくて、その人のことを考えているだけで幸せなんだっていつも言ってた」

 僕の言葉を遮るように母は言葉を紡いだ。その言葉に僕は胸が苦しくなる。

「優哉くん、お母さんが聞くことにはなんでも答えてくれたわ。なにも知らないふりをしていてくれたけど、本当は、気づいてたのよね。自分たちのことが知られてるってことに」

「……」

 僕を見ていた母の視線がすっと藤堂のほうへと向けられる。なにも答えないけれど、まっすぐに母を見つめ返すその視線が、その答えを物語っている気がした。だから藤堂は母が現れてこんなことになったのに、僕よりもずっと落ち着いていたんだ。

 でも知られているとわかっていても、賛同しているかどうかまではわからなかったはずだ。お互い知らないふりをしながらやり取りを繰り返して、お互いの気持ちを探り合っていた。そして藤堂は僕の知らぬ場所で、僕のことを真剣に想っているのだと母に伝え続けてくれた。

 きっと母のことも傷つけたりしないように気遣ってくれていたのだろう。そうでなければ、想いの大きさを知って辛くなったりしない。相手が優しければ優しいほどに、自分のしていることの後ろめたさが自分を辛くさせるのだ。

「さっちゃん、お母さんは言ったわよね? さっちゃんが選んだ人ならなにも言わないって」

「……あ」

 母がここに来た翌日の朝だ。確かに母は僕にそう言った。僕が誰と付き合っているのか、その時もうすでにわかっていたのにだ。

「二人の気持ちが知りたくて試すようなこと言っちゃったけど。お母さんは反対しない。お母さんは二人の味方になってあげる。でも世の中そんなに甘くないから、それだけは忘れないでね」

「ごめん、ううん……ありがとう」

 自然と涙が溢れた。こんなにも強く、自分が母に愛されているんだと感じたのは初めてだった。そしてそれに気づかせてくれた藤堂の存在は大きくて尊い。家族の愛情は当たり前にそこにあり過ぎて、いつの間にか忘れがちになってしまうのだ。
 誰かが自分を愛してくれる、思いやってくれる。その想いを改めて感じると、僕がどれだけ幸せな人間なのか、それに気づかされる。そして知った母の愛情は深く、そしてひどく優しかった。

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