夏日13
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 抱き上げられていた身体がゆっくりとベッドへ沈んだ。そしてお互いの手を握り合わせ僕を見下ろす藤堂の視線に、息が止まりそうなくらい心臓は忙しなく動いている。けれどまっすぐと向けられている視線から目を離すことは出来なかった。
 しばらく見つめ合ったまま身じろぎもしなかったけれど、握る手に小さく力を込めると、ゆっくりと藤堂が近づき口づけを落とされた。最初は優しく触れ合うだけだったそれは、何度も繰り返すうちに熱がこもり、次第に深くなっていく。

「ん、ぁ……」

 熱く絡む舌が淫靡な音を立てて、自分の口先から甘え縋るような声が漏れる。するといつしか身体は火照るように熱くなっていく。
 解かれた藤堂の手がTシャツの裾から滑り込み肌に触れれば、ますます身体の熱が昂ぶり肩が小さく震えた。そしてさらに手のひらで身体のラインを優しくなぞられると、熱い息と共に声を上げてしまう。

 どんどんと肌が外気にさらされていくたびに、藤堂はひどく愛おしげに僕を見つめる。彼に触れられていると思うだけで、触れる場所すべてが痺れるような気がした。視線も指先も唇も、吐息さえも愛おしい。

「藤堂」

 掠れた声で小さく名前を呼ぶと、優しく微笑んで額にやんわりと唇を落としてくれる。それがひどく嬉しくて、腕を伸ばして僕は藤堂を強く抱きしめた。

「好き、好きだ。お前が好きだよ」

 湧き上がる感情はどうしても抑えきれなくて、目尻に浮かんだものがとめどなく滑り落ちていく。どうしてこんなに愛おしいのだろう。どうしてこんなに藤堂を求めてしまうんだろう。触れているだけで、心が満たされていく。
 想いと一緒に溢れる雫を藤堂の唇は拭い取ってくれた。そして瞼に触れ、頬を滑り、唇は首筋を伝い落ちる。

「……ぁっ」

 首筋や鎖骨の辺りにチクリとした甘い痺れを感じて、上擦った声が漏れた。そんな僕を煽るように舌先が喉元をくすぐり、指先が背中をなぞっていく。そして小さく声を上げるたびに、それはますます僕を追い詰める。
 余すことなく唇や手のひらが僕の身体に触れ、藤堂が愛おしいと思う感情も、身体も心も暴かれていく。じわりじわりとこみ上げてくる感覚に打ち震えていると、首筋に藤堂がやんわりと噛みついた。その感触に身体はびくりと跳ね上がる。

「佐樹さん、愛してる。佐樹さんのすべてが愛おしくて仕方がないよ」

 ふいに囁かれたと甘くて優しい言葉に、心も身体も愛おしさが溢れて溺れてしまいそうだと思った。そしてこんなに肌を重ね合わせることが幸せだと感じたのは初めてだった。肌と肌が触れ合うたび感じる熱も、吐息から感じる熱も、いままで感じたことのない気持ちを募らせる。
 もっと触れたい、もっと触れて欲しい。そう思うほど藤堂のすべてが欲しくなる。ぼやけた視線の先にいる藤堂が、まっすぐに僕を見下ろすたびにその目に縫い止められてしまう。心がこれ以上に愛せる人はいないと声を上げる。その声に突き動かされるままに目の前の身体を強く抱きしめた。

 もうお互いしか感じられないくらい、求め合うままに抱き合い、そして交わると、熱に浮かされて身体が溶け出してしまいそうになる。藤堂の熱を身体の奥に感じて、それがひどく嬉しくてますます視界が潤む。触れ合う肌も唇も、滴る汗も、なにもかもが刺激となり身体中が震える。けれど無我夢中で抱き合っているうちに、僕はいつしか藤堂の腕の中で気を失うように眠りについた。

 それからどのくらいの時間が経ったのかわからないが、深い眠りからふっと意識が浮上する。まどろみの中で微かに断続的に響く鈍い音が聞こえた。けれどその音がなんなのか、眠気を催す頭ではよくわからなかった。しかし隣で眠っていた藤堂が身体を起こすと、その音は鳴り止んだ。僅かにベッドのスプリングが沈み、藤堂が端に腰かけたのを感じる。そして小さな声でなにか話しているのが聞こえた。

 ぼんやりとした視界に映る空間はまだ真っ暗で、時間は深夜だというのがなんとなくわかる。こんな時間に誰と話をしているのだろうと、そんな想いが心の中に浮かぶけれど、気怠い身体は思うようには動かず、腕を伸ばして藤堂に触れることも出来ない。うつらうつらしながら目の前の背中を見つめているうちに、次第にまた僕は眠りに落ちていった。

「……んっ」

 次に僕が目を覚ました時には、部屋の中は微かに明るく、カーテンの隙間から光が漏れ射し込んでいた。そしてそれに気がつき、重い瞼を上げ僕は目を見開く。目の前に昨日僕を抱きしめてくれていた藤堂の姿はなく、ベッドの上にはぽっかり一人分の空白があるだけだった。そっとシーツに手を伸ばすとそこはひんやりとしている。

 慌てて身体を起こして辺りを見回す。ふいに視界に入ったサイドテーブルの上には、充電器に繋がれた僕の携帯電話があった。しかしもう一本あるコードの先にはなにも繋がれていない。

「藤堂?」

 静かな空間に不安が募る。
 けれど急に鳴り響いた甲高い音に肩が跳ね上がった。その音に驚いてそれを振り返ると、目覚まし時計が六時であることを告げている。鳴り続ける時計に腕を伸ばして、急いでそれを止めた。そして驚きで早まった心音を落ち着かせるように息を吐く。

「佐樹さん?」

 しばらく時計に手を置いたまま俯いていると、微かに戸を引く音が聞こえ、僕の名を呼ぶ声が耳に届いた。その声に振り向いた僕はゆっくりと近づいてきた藤堂の姿を見てほっと息をつく。じっと見つめる僕の視線に微笑みながら、藤堂はベッドの端に腰かけ僕の髪を梳いて撫でた。

「おはようございます」

「あ、うん。おはよう」

 いつもと変わらない優しいその指先と笑顔に胸がとくんと脈打つ。こちらを見つめる眼差しをじっと見つめ返すと、ふいに藤堂の唇が僕のそれに重なった。それはほんの一瞬、触れるだけのものだけだったけれど、充分過ぎるほど心を満たしていく。

「今日も佐樹さんは出勤?」

「あ、ああ」

「じゃあ、佐樹さんが家を出る時に俺も出ますね。朝ご飯用意したので着替えたら来てください」

 そう言ってまた僕の髪を撫でると、藤堂はリビングへと戻っていった。その背中をしばらく見つめてから、ふと僕は自分がなにも着ていないことに気がつく。そしてそれはすぐに昨夜のことを思い出させる。

 藤堂の眼差しや唇、指先、深く身体を繋いだ感触。それらが鮮明に思い出され、気恥ずかしくて火がついたかのように顔が熱くなった。けれど胸もとに残されたいくつもの紅い痕を指先でなぞると、胸がきゅっと締めつけられる。そのくすぐったい気持ちに思わず頬が緩んだ。

 いまは躊躇いや不安は欠片も心に残されていない。触れ合えたことがたまらなく幸せで、それは充足感を心に与える。また少し藤堂との心の距離が近くなったような、そんな気分にもさせられた。

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