夏日15
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 写真部の校外部活動の当日。僕は朝からバタバタと慌ただしく部屋の中を走り回りながら、鞄に荷物を詰めていた。そしてその合間につけっぱなしのテレビのチャンネルを変えて天気予報を探す。今日の天気は快晴、天気が崩れる心配もないようだ。
 でも最高気温の数字にほんの少し肩を落とした。夏真っ盛りなこの時期だから仕方がないけれど、今日も存分に暑いようだ。一日中外にいるから熱中症に気をつけなければいけないなとしみじみした。

「にーもーつは、よし、これでオッケー」

 鞄の中身を再確認してファスナーを閉めると、それを斜めがけにして肩にかける。すると見計らったようなタイミングで携帯電話が鳴り出した。テーブルの上にあったそれを手にとって着信を確認する。届いたメールを読み、僕は慌ただしくテレビを消して玄関へと走った。そしてエレベーターで一階ではなく地下一階まで降りて、駐車場へと繋がる自動ドアを抜け、また走り出す。

 来客用の駐車場入り口傍に見慣れた外車を見つけて近づくと、車にもたれて煙草を吸っていた人が僕の足音に気づいたのか、ゆっくりと振り向いた。そして満面の笑みを浮かべる。

「おはよう佐樹ちゃん」

「おはよう渉さん」

 今日は一段とラフな服装だ。いつもならシャツにデニムくらいなのに、今日はTシャツに緩めのデニム素材のズボンにスニーカーだ。普段でも年齢不詳なのにますます若く見える。
 物珍しく思いながら見つめていると、渉さんは煙草を携帯灰皿で捻り消して、それをポケットにしまう。そしてぼんやりしている僕に近づいて、ぎゅっと強く抱きしめた。

「会いたかったよ」

「えっ、あ……び、びっくりした」

「ふふ、佐樹ちゃんが隙だらけだからだよ」

 抱きしめられて我に返った僕の顔を、至極楽しげな表情を浮かべて渉さんは覗き込む。綺麗な緑色の瞳がまっすぐと僕の目を覗き込み、少しドキリとした。

「そういえば今日は彼氏くん一緒じゃないの?」

 ふと僕の後ろに視線を向けて渉さんは首を傾げる。

「あ、ああ。色々と準備あるみたいで、片平と三島と行くって」

 事前に藤堂には渉さんが車で迎えに来ることは伝えたけれど、一緒に行けなくてすみませんと謝られてしまった。でも嫌な顔はしていなかったから、信用してもらえてるのかなと安心もした。

「ふぅん、そーなんだ。あの天パで背のおっきい子と黒髪のお人形さんみたいに可愛い子だよね?」

「そう」

「仲がいいんだね」

「幼馴染みなんだあの三人」

「なるほど」

 不思議そうな顔をしていた渉さんは、僕の言葉になにか納得したように一人頷いていた。

「よーし、じゃあ出発しようか。どうぞ」

 そう言って渉さんは後部座席のドアを開けて僕を促す。それに勧められるまま車に乗り込むと、なぜか渉さんも僕と同じ後部座席に乗り込んできた。なにかおかしいと思考を巡らせて、はっと僕は運転席を見る。そこには見慣れない後ろ姿があった。

「渉さん、彼は?」

「あ、あー、こないだ言ったでしょ。一人ついてくるのがいるって、その荷物持ちくん」

 夏休み前に来た時にもう一人来るとそういえば言っていた。それを思い出した僕は、そっと運転席に顔を向けて黙って前を向く彼を覗き見る。

「えっと、初めまして西岡佐樹です」

「どうも」

 ぽつりと短い返事だけが返ってきてどうしたものかと戸惑ってしまう。歳はまだ若そうに見える。二十代半ばくらいだろうか。黒髪の短髪で、ほんの少し日焼けをした身体もしっかりしているし、体育会系な印象。横顔から見える顔立ちは凛々しくて、目鼻立ちがはっきりした和が似合いそうな雰囲気。しかもすごい男前だ。

「瀬名です」

「あ、ありがとう」

 戸惑っている僕を察してくれたのか、彼は僕に名刺を差し出してくれた。

「瀬名、基さん。これではじめって読むんだね。えっと制作会社ってことは渉さんの仕事関係?」

「瀬名でいいっすよ。俺のほうが年下なんで。渉さんとは仕事の付き合いです」

「あー、じゃあ瀬名くん。よろしく」

 なんとなく話しにくそうにぽつりぽつりと話す瀬名くんに首を傾げながらも笑みを返すと、ひどく困ったような顔をされてしまった。

「瀬ー名ーくーん。早く車出して、時間に遅れるから」

 急かすように運転席のシートを後ろから遠慮なく叩く渉さんに、瀬名くんは「了解です」と呟くとエンジンをかけて車を発進させた。そして車は快調に走り、窓からの景色もどんどんと姿を変えていく。

「仕事以外で出かけるのってすっごい久しぶりかも」

 ドアに肘を突きながら外を眺めていた渉さんがぽつりと呟く。その声に振り返ると、眩しそうに外を眺めながらも、口元に笑みを浮かべた横顔があった。

「渉さん忙しいのに無理聞いてもらって、ほんと助かった。今日は息抜きのつもりで参加してくれていいから」

「うん、逆にありがと。こんなことでもなくちゃ缶詰だから、声かけてもらえて嬉しかったよ」

 振り向いた渉さんがふっと目を細めて微笑む。そして極自然に僕に腕を伸ばして抱きしめると、やんわりと頬に口づけを落とした。これはもう毎回のやりとりだから、擦り寄る渉さんに肩をすくめて僕は苦笑いを返す。けれどふと視界に入ったバックミラー。そこに写った瀬名くんの表情を見て驚いた。

「眉間にしわ寄ってる」

「ん? なに?」

 独り言のように小さく呟いた僕の声は渉さんにも届かなかったようで、不思議そうに首を傾げられてしまった。

「ねぇ、ねぇ、瀬名くーん。ここもっとスピード出せるよね?」

 しばらくして高速に入ると、渉さんが焦れったそうに運転席にいる瀬名くんの首元に腕を回す。そして締める勢いでぎゅっと力を込めたのが見て取れた。

「ちょ、危ないっすからやめてください。それにこっちは慣れない左ハンドル握ってんですから、無茶言わないでくださいよ」

「ふぅん、なんでもやります。なんでもしますから連れてってくださいって、言ったの誰だっけ? いいよ、ここで車降りて帰っても」

「はっ? 高速の真っ只中で車降りて帰れとか鬼ですかあんた。わかりましたよ、出せばいいんでしょ出せば。どうなっても知りませんからね」

 大きなため息を吐き出しながらも瀬名くんがアクセルを踏み込むと、車はさらに加速して景色もどんどん流れていく。不慣れな車だと瀬名くんは言っていたけれど、元より運転がうまいのか車は順調に目的地へと進んだ。

リアクション各5回・メッセージ:Clap