夏日20
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 相変わらず峰岸の愛情表現は捻くれまくっている。気に入った相手をからかったり、いじめたり、それはまるで小学生のようだ。

「なぁんか、可愛いね。ほのぼのする」

 二人のじゃれあいを見ながら彼らの向かい側に座ると、のんびり近づいてきた渉さんがベンチを跨ぎ越して僕の隣に並んで座った。そしてそのさらに隣には相変わらず無口な瀬名くんが座る。

「みんな裏表なくって、癒やされる」

 テーブルに頬杖をついて、渉さんは眩しそうに目を細めた。

「ほら、あっちゃん落ち着いて。とりあえずご飯にしよう」

 毛を逆立てた子猫のような片平を宥めすかして、峰岸から引き離すと三島は片平を僕の隣に座らせた。
 木製ベンチはテーブルが大きいこともあって四人ゆったり座れる大きさだ。片平の前には三島、僕の前には藤堂、その隣には間宮が座った。峰岸はというと、三島と藤堂のあいだでベンチを跨いだままだ。しかも藤堂に背中を向けて若干もたれかかっている状態。重たくて邪魔だから前を向くか、端に座れという藤堂の言葉も笑って受け流している。

「唐揚げうめぇ」

「西やんもほかのみんなもどんどん食べちゃって、このままだと峰岸の胃袋に飲み込まれる」

 誰よりも遠慮なくあれこれ指でつまみ食べている峰岸に呆れながらも、三島は僕らに紙皿や割り箸を配っていく。そしてそれと同時に、皆一斉にいただきますを合図にして重箱へ箸を伸ばした。

「あ、すごい美味しいですね」

「うん、これは美味しいねぇ」

 みんな料理を口にする度に至極幸せそうな笑みを浮かべる。色々と食べていくと、どの惣菜が藤堂で、どれが三島なのかはすぐにわかったが、みんなが言うようにどれも本当にすごく美味しい。そして美味しいものを食べると人間和やかになる。たわいない会話や写真の話などをして場はとても盛り上がっていった。
 けれどふいに峰岸と藤堂のやり取りが目に入って、思わず箸が止まってしまう。なに気なく卵焼きをつまんだ峰岸の手から藤堂がそれを取り上げ、自分の皿に載せると別の卵焼きを箸でつまんで差し出した。その行動に一瞬だけ峰岸は目を瞬かせたが、すぐになんの躊躇いもなく差し出された卵焼きを口にする。

「ちょっと優哉、なに甘やかしてんのよっ」

 じっと二人を見ていた僕に気づいたのだろうか。片平が少し慌てた様子で声を上げる。そしてその声で僕の視線に気づいた藤堂が、少し気まずそうな表情を浮かべた。

「俺、甘い卵焼き駄目なんだよな。最初のやつ甘いのだったんだろ」

「もう、優哉の馬鹿」

 一時期は仲がよかったわけだから、食べ物の好みがわかっていてもおかしくない。多分それでつい手が出てしまったのだろう。それでもなんとなく胸の内がもやっとして、僕は俯き加減に藤堂の視線を避けてしまった。

「佐樹ちゃんがヤキモチ妬くって新鮮」

「えっ」

 胸のくすぶりと格闘しているとふいに耳元で囁かれた。驚いて肩を跳ね上げると小さな笑い声も聞こえた。反射的に声の先を振り返った僕は、目の前で楽しげに笑っている渉さんを見つめ小さく首を傾げる。

「いままで、彼女とかいた時でさえ、ヤキモチ妬くことなんかほとんどなかったのにね。彼が女の子に囲まれてる時もほんとはヤキモチ妬いてたでしょ?」

 頬杖つきながら僕の顔を覗き込む渉さんの視線に、じわりじわりと顔が熱くなっていった。あの時の意味深な相槌は僕の気持ちを察してのものだったのかという真実と、いまこの状況を悟られてしまっている現状に心の中は大パニックだ。

「ほんとに好きなんだね」

 恥ずかしくて顔を上げられずにいると、渉さんは子供をあやすみたいに優しく頭を撫でてくれた。

「佐樹ちゃんのすごい特別なんだってことはちょっと悔しいけど、いまは幸せなら俺も嬉しいかなぁって気分」

「渉さん」

 至極優しく微笑んでくれた渉さんを見て胸が少し締めつけられる。気持ちに応えることは出来ないと告げた時、渉さんは本当にいまにも泣き出しそうな表情を浮かべた。そしてごめんねと僕に謝った。その時のことはいまでも覚えている。
 どれだけの想いを抱えてきたのか、あの時、あの顔を見た時に初めて実感した。きっと言うつもりはなかったのかもしれない。でも僕が藤堂に、同性の相手に意識を向け始めたのに気がついて、言わずにはいられなかったのだろう。

「そんな顔しないの、ね」

「ん、悪い」

 いつまでも思い悩むのは、まっすぐに受け止めてくれた渉さんに失礼かもしれない。そう思って笑みを返すと、また優しく髪を撫でられた。

「それよりあの子さ」

「ん?」

 ふいと視線が流れた渉さんのその先を追って顔を上げると、そこにはなにやら片平に説教を受け、藤堂にひどく迷惑げな顔をされている峰岸の姿があった。

「佐樹ちゃんのことが好きなんだと思ってたんだけど、彼に気があるの?」

「あ、あー、それはなんていうか。本人曰く両方だって」

 なんと答えたらいいものか悩んだが、うまく説明する言葉も見つからなくてそのままの事実を渉さんに告げた。するとやはり想像した通り、驚きの表情を浮かべて渉さんは目を瞬かせる。

「わぁ、潔い贅沢さだね」

「うーん、まあ、それでも本人は真面目みたいだけど」

 峰岸から感じられる好意は二股をかけるとかそういう感じではない。純粋に藤堂が好きで、僕が好きなのだ。誤解を与えたくなくてついついフォローしてしまった。

「ああ、そっか。あれだ、好きのベクトルが違うんだ」

 感慨深げに峰岸を見つめていた渉さんが、ふとなにかに気がついたように呟いた。けれどその言葉の意味がよくわからなくて、僕は思わず首を傾げてしまう。

「んー、要するにね。佐樹ちゃんのことは愛したい。彼のことは愛されたいっていう内訳なんだよ」

「ん? けど好きなら愛したいし、愛されたいもんじゃないのか」

「ああ、伝わんなかったか。じゃあ、もっと砕いてわかりやすく言うね」

 再び首を傾げた僕を見て渉さんはちょっとうな垂れたように頭を落とした。けれど答えを求める僕の視線に気づいたのか、顔を上げてなにやら楽しげな笑みを浮かべる。そして僕の耳元に片手で衝立をして、周りには聞こえぬだろう小さな声で囁いた。

「佐樹ちゃんのことは抱きたい。彼には抱かれたいってこと」

「はっ?」

 言葉を飲み込むまでの数秒、頭が真っ白になった。

「あははっ、佐樹ちゃん驚き過ぎ」

 腹を抱えて涙目になりながら笑っている渉さんの声で我に返れば、僕は自分が立ち上がっていることに気がついた。そして突然立ち上がったであろう僕に、みんなの視線が集まっている。

「な、なんでもないっ」

 みんなの驚きや心配を含んだ視線に顔が尋常じゃないくらい熱くなった。慌ててベンチに座ると、渉さんがごめんごめんと何度も謝る。けれどそれさえも恥ずかしい気分になってくる。
 それにしてもいままで深く感情の意味を考えずにいたが、まさかそんな感情の違いがあるとはまったく予想もしなかった。藤堂とはなんとなく自然な流れで僕のほうが受け身になってしまったが、特にそれに対して抵抗感はない。
 しかしよくよく考えれば男同士ならどちらが主導権を握るかは結構重要なポイントな気がする。そう思ってちらりと視線を持ち上げてみれば、藤堂も峰岸も不思議そうな顔で僕を見つめていた。

「佐樹ちゃん可愛い」

 目があった途端にふいとそらしてしまった僕を見て、渉さんは笑いをこらえて肩を震わせていた。

「渉さんが変なこと言うからだろ!」

「だからごめんってば、その代わりにいいとこ連れてってあげるから」

「え?」

「佐樹ちゃんの学校はバイト禁止?」

 急に会話が飛んでその流れにうまくついていけない。戸惑いながらも「禁止ではない」と質問に答えれば、渉さんは満面の笑みを浮かべて藤堂と峰岸に向き直った。

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