夏日22
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 昼休憩が終わると月島はすぐさま俺と峰岸を捕まえてカメラを手にした。乗り気ではないのが思いきり顔に出ている俺とは違い、峰岸はさして気にもせず月島について行く。
 その少し後ろを瀬名という男が大きな鞄を肩にかけついて歩く。食事の時もほとんど口を開くことなく、かなり無口な印象を受けたが、視線の先はわかりやすいくらい見て取れた。顔ばかりよくて性格に難があり過ぎるだろう月島のどこがいいのかが謎だ。

「あー、一真はそのままでいいけど、優哉はこれちょっと預かるね。ん、やっぱそんなに度は強くないねぇ。なくても見えるよね?」

 苗字は覚えるのが苦手だと、遠慮も了承もなくさらりと人の名前を呼ぶ月島に眉をひそめると、至極楽しげに笑いながら月島は俺の眼鏡を取り上げた。そしてさらに無遠慮に人の髪をかき乱す。

「瀬名くん、これ傷つかないようにしまっておいて」

 俺の眼鏡を受け取った瀬名は、無言のままそれを薄い布に包み小さな箱へと入れた。そして鞄からノートパソコンを取り出し、なにやら黙々と作業を始める。月島はカメラ調整をしながら時折こちらにそれを向けるが、まだ撮影を始める様子はない。

「あれ、なんか北条先生がめちゃくちゃこっち見てるけど、センセどうしたんだろうな?」

「ん?」

 ふいに肩に重みを感じて振り返ると、峰岸が人の肩に腕を乗せて遠くを見つめていた。それにつられて視線を流せば、その先に慌てた様子で北条に話しかけている佐樹さんの姿がある。
 月島のファンであると言っていた北条だから、好奇心と興味でこちらを見ているのだろう。しかしふいに俺は学校で鉢合わせた時のことを思い出した。

「そういえばあの時」

 私服で裸眼だったので学校に訪問した客だと勘違いされたが、いままさに同じ状況だ。佐樹さんの様子を見れば、間近ではないので気になっている程度の認識なのかもしれない。
 けれど気づかれるのは面倒くさいなと思った。とはいえあの時なにをしていたかまで見られてはいないので、あまり気にするのはやめておこうとも思った。

「お、今度はマミちゃんが急接近」

 実況中継のように耳元で話されて少し苛ついている俺などお構いなしに、峰岸は楽しそうな声で俺の心情を煽る。
 午後の荷物番は北条なので佐樹さんはあそこにいなくてもいいはずなのにと、余計な苛つきまでも加わり、自分でもわかるほどに表情が抜け落ちそうになった。北条への誤魔化しでカメラ談義でも始めたのか、佐樹さんは北条のカメラを見ながら笑みを浮かべている。その隣にちゃっかりと間宮がくっついていた。

「おっと、ツーショットで記念撮影とはやるなマミちゃん」

「うるさいっ」

 カメラを持った北条に間宮がなにか話しかけた。するとそれに応えた北条が佐樹さんの肩を叩き間宮に身体を寄せさせた。無邪気に笑いながらほかの男と写真を撮っている彼に身勝手な怒りを覚えてしまう。

「こらこら、そこ。そんな恐ろしい顔しない。あとで俺がちゃんと二人っきりで写真撮ってあげるよ」

 ため息と一緒に吐き出された月島の言葉は呆れを含んだものだった。そんな声を不機嫌なまま聞き流し、俺はこれ以上の苛つきを感じないように佐樹さんから視線を離した。

「独占欲むき出し、若いっていいねぇ。とりあえず撮っていくから、そのまま話しながらでいいよ。たまにこっちに視線頂戴」

 小さな月島の笑い声に少しばかりの羞恥を覚えた。そしてムッと口を引き結ぶと峰岸がまたなだめるように背中を叩く。

「なぁ、あの二人ってどう思う?」

「あの二人?」

 ふいに耳元で囁かれて視線を持ち上げる。峰岸の言うあの二人とは恐らく月島と瀬名のことだろう。その問いかけに俺はほんの少し悩んだが肩をすくめた。

「思いきり一方通行だろ」

「あ、やっぱそうか。だよなぁ」

 苦笑する峰岸は瀬名を見つめ肩をすくめた。追いかける瀬名の視線は本当にわかりやすく、隠す素振りもない。けれどそれに対して月島は受け止めることなくすべて受け流していた。
 こうして近くに置いているということは少なからず信用しているのだろうが、どう見ても相手の気持ちを受け止めようという気配は見当たらない。

「なにが駄目なんだろうな」

「あれはどう考えてもどっちもタチだ。月島が逆になったなんて話は聞いたことないし、相手の瀬名ってやつは恐らくノンケだろう。そういう面倒くさいやつを月島が相手にするとは思えない。それよりもお前なんでそうやって、見込みないところへ突き進んでいこうとするんだ。人のものだろ」

「いま一方通行って言っただろ。まだ人のものじゃない」

 興味の対象が俺たちから離れることはいいことだが、報われないところへ進んでいくのはあまり見たくない。

「なんでそんなに恋愛の選択肢が多いくせに、届かないものに手を伸ばすんだ。あずみだって無理だろ」

「……なんだ気づいてたのか」

 ほんの少しだけ驚きに目を見開いたが、峰岸はすぐに小さく笑ってそれを誤魔化した。

「無理なのはわかってる。でも欲しいなって思うだけなら別にいいだろ? 俺はどうこうなりたいって思ってねぇし、好きな奴に泣かれるのが一番嫌なんだよ」

 この男は恋愛にとことん自由だ。誰かを好きになることは当たり前の感情で、それを隠しもしない。けれど恋愛にとことん不器用な男だ。きっと誰か一人だけを愛することが怖いのだろう。手に入れたあとに失うのが怖いんだ。

「泣かれたくなかったら一人だけを選べ。ちゃんと手が届く奴にしろ」

「なんだよ、急に優しいと調子狂うな」

 普段は器用過ぎるくらい器用なのに、こんなところだけは本当に不器用だ。いつからそういう恋愛をしているのかわからないが、なにもかも誤魔化したように笑うその姿は少しばかり痛々しい。
 峰岸の華やかな容姿やその存在感。それに惹かれ惚れた人間は花の香りに誘われるように群がり集まる。そしてそれを峰岸はさして心のないまま甘受していく。けれどもそうした人間が傍に増えれば増えるほどに、きっと心は孤独になっていくだろう。
 情は湧くかもしれないが、それは決して恋や愛にはなりえない。本当に欲しいモノはもう目の前にあるからだ。けれどそれは決して手に入らない。

「お前のことは多分この先もずっと好きだぜ。センセのことも。でもこれはきっと好きとか愛してるってだけじゃねぇのかもな。センセを好きなお前が好きで、お前を好きなセンセが好きなんだ」

「峰岸?」

 すっと身体を引いて離れた峰岸は至極綺麗な笑みを浮かべた。そんな表情に虚をつかれていると、両腕を伸ばした峰岸の手が頬に触れ、引き寄せられる。身構える間もなく引き寄せられた身体は自然と峰岸へと傾いた。そしてそっと唇にぬくもりが触れた。

「お、お前っ」

 触れた感触に慌てて峰岸から身体を離すと、目の前ではいたずらを成功させた子供のような笑みがあった。

「いまの撮った?」

「うん、ばっちり」

「じゃあ、あとで俺にくれよ」

 あ然とする俺をよそに峰岸は月島を満面の笑みのまま振り返る。そんな峰岸に応えるように月島は至極楽しげに親指を立てて片目をつむった。

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