夏日40
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 あまり重たく話をするのはよくないだろうと、アイスの袋を裂きながら僕はのんびりソファに腰かけ、その隣を何度か叩いて藤堂に目配せする。アイスをくわえながら見上げる僕の視線に少し戸惑った様子を見せながらも、藤堂は促す僕の隣に腰かけた。

「さっちゃんはお父さん似なのよ」

「姉さんたちはみんな母さんに似たよなぁ」

「そういえばお姉さんたちは佐樹さんに似てはいるけど、佐樹さんだけちょっと雰囲気が違いますね」

 上の二人はどちらも性格がかなりはっきりしている面が強いので、のんびりした雰囲気の母と少し印象は違って見えるが、やはり顔がよく似ていると思う。僕はそんなにかけ離れて顔立ちが違うというわけではないが、やはり父親似だと思う。

「そうだ、うちはアルバムがたくさんあるのよ」

 ほんの少し不思議そうに首を傾げた藤堂に、母はぱっと明るい笑顔を浮かべて立ち上がった。そしてリビングから続く和室へと足早に消えた。その様子を見て僕は少しだけ肩を落としてしまう。

「母さん余計なの出してこなきゃいいけど」

 けれど僕の危惧したことは回避されることはなかった。両手に抱えてきたその量と、そのアルバムの古さに僕はますますうな垂れてしまう。黙々とアイスを頬張る僕を藤堂はまた不思議そうに目を瞬かせながら見つめ、汗のかき始めたアイスの袋を開けた。

「これ可愛いでしょう。さっちゃんの七五三でこれがうちのお父さん」

 嬉々としてアルバムをめくって藤堂に披露する母は実に楽しげだ。時折こうして他人に僕の写真を見せては子供みたいに母は無邪気に笑う。
 父が撮ったものがほとんどなので高校くらいまでの写真ばかりが多いのはわかるのだが、わざわざ小さい頃の写真まで持ち出してくるのだ。愛されていることはすごく実感するけれど恥ずかしさのほうが遥かに強い。

「佐樹さん子供の頃から顔立ちあまり変わってなくて可愛いですね」

「変わってないとか言うなっ」

 じわじわと熱くなる頬に俯きがちに藤堂の膝を叩いたら、楽しげに藤堂と母に笑われた。

「ああ、でも本当にお父さんによく似てますね。優しい穏やかそうな雰囲気とか、笑った顔がすごくそっくりだ」

「そうか?」

 父の写真を指差す藤堂の横顔を見つめれば、至極優しい笑みを返された。あまり藤堂の環境がいい状態ではないので、家族の話はしないほうがいいかと思っていたけれど杞憂だっただろうか。それとも母に合わせてくれているのだろうか。
 そんなことを思いながら、母と藤堂のやり取りを見つめてしまうが、その答えはわからなかった。けれど優しい藤堂の笑顔は信じたくて、ソファに置かれた藤堂の手をそっと握った。

「明日はみんなで写真撮りましょうね」

「あ、うん。藤堂も一緒に撮ろうな。うちは家族全員揃うこと滅多にないから、神社の納涼祭の日は家族みんなで写真を撮るんだ」

 母の言葉に首を傾げて振り向いた藤堂に、僕はアルバムのページをめくりその写真を指差した。そこには去年の写真が収められている。
 引き伸ばされた集合写真は家族全員が揃ったものだ。そのほかにも神社での写真も何枚かある。保さんや僕が撮ったものがほとんどだから母や詩織姉、佳奈姉の写真が多い。

「お母さんやお姉さんたち浴衣素敵ですね」

「本当はさっちゃんたちにも着せたいんだけど、二人とも着てくれないのよ」

 浴衣は姉たちがそれぞれ好きな反物を選んでおき、毎年のように母が新しく三人分を仕立てる。せっかくだからと保さんや僕の分もと一時期言い出したが、二人揃ってそれは遠慮させてもらった。保さんの場合は手間をかけさせるのが申し訳ないという理由だろうが、僕の場合はただ単に面倒だからだ。

「動きにくいから着たくない。藤堂は着たことあるか?」

「ないですね。結構昔から身長があったので、既製品は合わないことが多かったですし」

「ああ、確かにお前昔から背が高かったよな。初めて会った時も既に僕より高かったしな。いまは身長いくつだ?」

 初めて会ったのは中学一年生の頃だったはずだ。その時でも少し視線が上だったから、多分百七十後半か、それより高かっただろう。

「春の身体測定では八十四でした」

「もう伸びてない?」

「高校入ってからはそんなに伸びてないですね」

「でもまだ若いからいつ伸びてもおかしくないよな。まあ、僕は中学卒業からまったく伸びなかったけどな」

 子供の頃は背の高い部類だったが、歳と共に整列する順番が前になっていくそんな感じだった。家族全員が百六十、百七十前後なので期待はしていなかったが、かなり不服であったのは確かだ。

「優哉くん着たことないなら来年はさっちゃんと二人で着たらどう? おばさん縫ってあげる」

「え?」

「んー、藤堂も着るなら考える」

「じゃあ決まりね」

 嬉しそうに笑う母に藤堂も少し気恥ずかしそうに笑う。また来年、そう考えるとなんだかとても嬉しくなった。
 それから佳奈姉が風呂から上がり、母がソファを立つまでのんびりと三人で話をして過ごした。いつの間にか気づけば時計の針はてっぺんを過ぎ、既に日付が変わっていた。そして二人で二階の部屋に戻る頃には眠気が襲ってきた。眠気でぼんやりして、客である藤堂に自分で布団を敷かせる始末だ。

「佐樹さん大丈夫? もう横になったら?」

「藤堂、そっちで寝たい」

「え?」

 ベッドに腰かける僕を心配げに見つめていた藤堂の目が驚きに見開かれる。眠さに乗じて甘えたことを言っているのはわかっているけれど、傍にいるのに離れているのはなんとなく嫌だった。以前にもこれで困らせたのはわかっている。けれど目の前に立つ藤堂に腕を伸ばして僕はぎゅっと強く抱きついた。

「佐樹さんそんなに可愛く甘えられるとかなり困るんですけど」

「うん、わかってる。でも一緒に寝たい」

「あ、いや、これは全然わかってないですよね」

 胸元に頬を寄せて擦り寄り抱きつく腕に力を込めると、それを阻むように藤堂の手に肩を押し引き剥がされそうになる。

「佐樹さん、あんまりそんな風に無防備に近づかれると触れたくなるので、止めてください」

「なんで?」

「佐樹さん、頼みますから誰にでもこういう真似するのだけは、絶対にしないでくださいね」

 言葉の意味がよくわからなくて首を傾げたら、大きなため息と共に覆いかぶさるように身体を藤堂に押されて僕はベッドの上に転がってしまう。
 そして目を瞬かせ状況を理解する前に唇にぬくもりが触れて、力の入っていないそれを割り、ぬめりを帯びたものが舌に絡みつく。突然の深い口づけに開いた唇の隙間からくぐもった僕の声が漏れ、次第に口の端から二人分の唾液が伝い落ちる。

 性急なその行為にしがみつくように藤堂の腕を掴んだら、Tシャツの裾から藤堂の手が滑り込んだ。ふいに感じた人肌にびくりと無意識に肩は跳ね上がり、思わず身体をよじったらますますそれを抑えるように藤堂の身体が密着する。
 そして手のひらで身体を撫でられ指先をゆっくりと這わせられれば、あられもない声が漏れそうになる。しかし唇を塞がれているのでその声は飲み込まれた。

「んっ……藤堂、やっ」

 しかし塞ぐものがなくなれば自然と声は漏れてしまう。

「佐樹さん、声」

「無理、無理っ、あっ」

 口内を存分に味わったであろう舌先が、唇から伝い落ち首筋や耳たぶを優しくなぞる。わざとなのか弱い場所ばかり触れられて、身体が跳ねそのたびに声が漏れてしまう。必死で口を両手で塞ぐけれど、下肢を膝頭で擦り上げられれば抑えようとしても上擦った声が出て、身体が身悶えるように仰け反る。

「佐樹さんが我がまま言うからいけないんですよ」

「駄目、無理っ、んっ」

 お仕置きだと身体中を余すことなく指先や舌先で触れられ、身体を熱くした僕は終いに藤堂の手で果ててしまった。浅く呼吸を繰り返すそんな僕を見下ろす藤堂は艶っぽくて、でもどこか意地悪げな目をしていた。

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