疑惑15
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 何度も何度も手首に口づけられて、くすぐったいその感触に肩をすくめたら、藤堂の唇が弧を描きゆっくりと距離を縮め僕の唇に触れた。それは優しく触れ合うだけの口づけだったけれど、何度もついばまれていくうちに頬がじわりと熱を持ち始める。

「佐樹さんにもしものことがあったら、どうにかなりそうだよ」

「言い出せなくてごめん」

「ほんと、痕が残るような怪我じゃなくてよかった」

 そっとTシャツの裾から滑り込んだ指先が、いまはもう薄れてほとんど見えなくなった痣をなぞるかのように肌を撫でる。その感触に肩が跳ね上がるけれど藤堂の指先は離れることはなくて、僕はますます熱くなった頬を誤魔化すように藤堂の肩口に顔を寄せた。

「写真のことも事故のことも気になるので、母のことは改めて確かめておきますね。関係ないとしても写真はちょっとこのままにはしておけない」

 少し硬くなった声に顔を上げると、藤堂は箱の中の写真を見つめてまた険しい顔をしている。それにつられるように写真を振り返ると、ふいに伸ばされた藤堂の手によって箱のフタが閉じられた。

「ストーカーとかそういうのも心配です」

「え? ストーカー? 僕の?」

「それ以外に誰がいるんですか」

 思いもよらぬ言葉に目を見張ってしまったが、藤堂はどこか呆れたようにため息をつく。けれどまさか僕などをストーカーする人間がいるなんて思いもしなくて、藤堂の言葉を飲み込みきれずに僕は閉じられた箱をまじまじと見つめてしまった。

「それはないだろ」

「俺もないとは思いたいですけど、ないとは限りません。違うとしたら一番怪しいのは俺の母親ですね」

 思わず言い切ってしまった僕に藤堂は少し困ったような笑みを浮かべ、そっと額を合わせてきた。ぐっと近くなった藤堂の顔に慌てて身体を離そうとしたけれど、それは両腕に身体を囲い込まれてたやすく阻まれてしまった。

 もう見慣れたはずなのに、こうして間近に寄せられると胸が変にざわめく。
 そしてそんな僕の気持ちを見透かしていそうな瞳に捕らわれると、身動きがまったくできなくなってしまう。

「佐樹さんは可愛いね」

「言うな」

 からかうみたいに小さく笑われて頬が一気に熱くなった。さらに耳にまでじわりと熱を感じて、僕は慌てて目を伏せる。けれどその視線を引き戻すかのように唇を奪われると、僕は目を見開き藤堂の瞳を見つめてしまった。

「……ん」

 そして優しく細められた目にまぶたを閉じれば、唇を舌先で優しくなぞられぞくりとした感覚に肩が震えた。そんな自分の反応にまた羞恥で顔が熱くなるが、何度繰り返しても同じ反応をしてしまう僕に藤堂はいつも優しく笑う。

「佐樹さんが可愛過ぎるから、俺は心配で仕方ない」

「そんなことを思うのはお前くらいだ」

 甘い口づけに翻弄されているあいだにソファに押し倒されていた僕は、見下ろす藤堂の視線をとがめるように目を細めた。
 けれど藤堂は僕の眼差しに頬を緩めるばかりで、ちっとも聞いてはくれない。こういう時の藤堂は、僕を溺れるほど甘やかす。嬉しいけれどむず痒くて、ひどくいたたまれない気持ちになる。

「じゃあ、俺だけが知ってる。それだけでいいです」

「そんな恥ずかしいことを言うのもお前くらいだ」

 指先で僕の髪を梳きながら至極嬉しそうに微笑んだ藤堂になるべく平静を装うが、心の動きは正直で自然と顔の火照りが増す。
 次第に藤堂の触れている場所すべてが熱くなってくるようなそんな錯覚さえしてしまう。やんわりと触れては離れる優しさがもどかしくて髪を撫でる手を掴んだら、少し驚いた顔をしたあとに藤堂はそっと口づけを落としてくれた。

「あんまり可愛いことばかりされると、色々ともたないです」

「そればっかりしつこい」

 何度も可愛いと繰り返す唇を片手で塞いで眉をひそめるけれど、そんな僕の顔を見て藤堂はまた嬉しそうに笑う。いまはなにを言っても喜ばせるだけかもしれないと、僕は口をつぐんで緩んだ藤堂の頬を軽くつまんだ。

「佐樹さん、好きだよ」

「や、……あっ」

 優しくて甘い言葉と共になぞられた肌の感触に、小さく声が漏れて身体が跳ね上がった。それが恥ずかしくて思わず縋るみたいに強く手を握ったら、ますますその先を煽るように手のひらが背中を滑っていく。
 ただ触れるだけではないその手に身体を震わせると、僕はこちらをじっと見つめる藤堂を見上げた。

「涙目でその顔は反則、やっぱり少しは自覚してください自分のこと」

 耳元に寄せられた唇から囁かれる言葉に僕はぎゅっと目を閉じる。鼓膜を震わす声に胸が鼓動を速めてどうにかなってしまいそうなのに、唇は耳たぶを食みゆっくりとフチをなぞっていく。その感触に身体の奥がしびれていくようだった。

「……藤、堂」

 まぶたを閉じていると藤堂の息遣いや触れる手の熱がいっそう強く感じられる。なだらかな肌を滑る手のひらは普段触れている時よりも熱くて、触れられるたびにそこから熱が広がった。

「ねぇ、佐樹さん。時々あなたを誰の目にも届かない場所に閉じ込めたくなる」

「藤堂?」

 どこか切ないような藤堂の声に慌てて目を開けば、まっすぐと僕を見つめる視線に囚われる。少し不安げに揺れるその瞳に、僕はそっと手を伸ばし藤堂の頬を包んだ。目尻を優しく撫でれば、甘えるように手のひらに頬を寄せてくる。

「そんなことできないって、自分でもわかっているんですけど」

「っん……」

 首筋を伝い落ちた藤堂の唇が鎖骨の辺りをきつく吸い上げる。そこに残されたであろう赤い痕を想像するとなぜだか胸がしめつけられる思いがした。
 不安にさせていることがたまらなくもどかしくて、掴んでいた手に指先を絡ませ繋ぎ合わせる。強く握りしめて藤堂の瞳を見上げたら、それはほんの少し潤むように揺れた。

「僕は傍にいる、ずっといるから」

「佐樹さん、あなたを守りたい。あなたを傷つけたくない。だからどうか、俺のことを離さないでいてください」

「うん」

 もう二度と離れたくない。そんな想いを伝えたくて、繋ぎ合わせた手を引き寄せ指先に口づけた。いつも藤堂がしてくれるみたいに、そっと優しく唇で触れる。少しでも伝わればいいと藤堂を見つめたら、どこか安堵したような笑みを浮かべて髪を梳いて撫でてくれた。

「藤堂、好きだ。お前が好きだよ。僕にはお前だけだ」

「その言葉だけでも幸せです。けどいまはもっと佐樹さんが欲しい。このままさらってもいい?」

 髪を梳き頬を撫でる手にまた心臓の音が緩やかに加速していく。いまは甘やかなこの空間に飲み込まれてしまいたい。
 そんな気持ちが胸に広がり、僕は小さく頷いた。そして両腕を伸ばして藤堂の首元に絡めれば、背中を抱き寄せる藤堂に軽々と身体を抱きかかえられた。

 肩口に頬を寄せて目を閉じたら、藤堂のすべてが感じられるような不思議な錯覚に陥った。ゆるやかな鼓動、肌を通して伝わる熱。
 なにもかもが愛おしくてたまらない気持ちになる。もっと触れて、もっと見つめて、そんな独占的な想いが心を埋めて、目の前にいる藤堂しか映らなくなった。

「佐樹さん、愛してるよ」

「うん、僕もだ」

 柔らかなベッドの上で重なり合う。その身体に感じる少しの重みさえ胸を高鳴らせる。それがひどく幸せで、これ以上の幸せなんてもうないと思えた。
 傷跡を辿るように触れる唇に吐息が漏れて、しがみ付くように背中に腕を伸ばす。きつく抱きしめても藤堂はずっと優しい笑みを浮かべていた。それがなんだかとても嬉しかった。

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