疑惑20
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 目の前にいる相手を信じていたいと僕は思う。でもだからといって人からの助言をまるきり無視することもできない。そんな人と人のあいだで頭を悩ませたことはこれまでも何度もあった。
 今回もまさにそんな状況なのだが、それをお前の長所であり短所だな、と笑ってくれたのはいつも傍で僕を見ていた親友の明良だった。

 そんな明良から突然、「あれからどうよ?」――と電話をもらって僕は電話口で少しばかり考えてしまった。そして悩んでからようやくその言葉の意味を飲み込んだ。

「忙しくて忘れてたけど、大丈夫だ」

 しばらく間が空いた僕に、電話口の向こうにいる明良は長いため息を吐き出した。

「おいおい、のんきだな。なにか身の回りで変わったことないか」

「うーん、特にない」

 呆れはしているが心配してくれているのも、なんとなく声で気がつく。しかし最近は差出人不明の小包が届いていないのだ。それがいつからだったか思い返してみると、ここ二週間くらいはまったく音沙汰がない。
 週一から週二くらいの間隔で送られてきていたのに、ぱたりと来なくなった。もちろん身に危険が及ぶようなこともないので、明良にこうして電話をもらうまで忘れていたくらいだ。

「一応、長いこと放って置いたから心配してたんだけどな」

「悪かったな、気にかけてもらってたのに」

 基本的に恋人が優先の明良だが友達甲斐がないわけではない。どんな時でも気にかけてくれているので、いざという時に頼りになる男だ。

「ほんとになにも身の回りで変わったことないか?」

「うーん、このところ忙しくて特に気になることはなかったな」

「忙しいって学校か?」

「ああ、文化祭が今週末にあるんだけど、生徒会の補佐に入って毎日帰りも遅いし忙しい」

 なにかあるごとに飯田が僕に生徒会行きの書類を渡すものだから、周りの先生たちもそれに便乗するようになって、いつの間にか間宮の補佐役にされてしまった。
 とはいえ毎日のように文化祭の準備で居残る生徒たちを管理したり、出店するクラスの調整をしたりで生徒会は目が回るほどに忙しい。だから人手はいくらあってもいいくらいなのだが、うまい具合に押しつけられた感がある。

 なんだかんだと生徒会には峰岸と鳥羽がいる。関係者以外は入り浸りは禁止だと言ってしまえばいいものを、言えずにいるのは二人の存在感と発言力だろうか。
 退任したあとも二人の影響力は生徒にも教師にも大きいので、強くは出られないという微妙な構図が出来上がっている。

「文化祭か、久しぶりに顔を出すかな」

「え、いいよ来なくて」

 思わず素っ気ない突き放す言い方になってしまった。とはいえ未成年に粉をかけるような節操なしではないが、明良は生徒のほうが放っておかないくらいの色男でもある。
 友人だとバレたら僕が女子生徒たちに絡まれそうだ。一般公開日はそれでなくとも忙しいのに面倒はごめんだ。

「そう言うなよ。お前の身の回りも気になるしな」

「え?」

「灯台下暗し、案外身近にいるかもしれないだろ、お前のストーカー」

「ス、ストーカー? 明良までそんな風に思ってるのか」

 思わぬ単語に声が上擦ってしまった。以前、藤堂にも言われたがそれは僕にとってまったくピンと来ない言葉だ。

「彼氏絡みであることも拭えないけど、お前につきまとってるやつがいるのは事実だろ」

「確かに、そうだけど」

「それに外のやつでも出入りできる文化祭も気をつけたほうがいいんじゃないか」

「んー、まあ」

 どうしていつも明良の言葉はまっすぐで淀みがないのだろう。それが正解のような気がして思わず頷いてしまいたくなる。優柔不断で言葉を濁してしまうことも多い僕だから、こういうところは昔から羨ましいなと思う。

「でもなんだか、そんなに大ごとな感じがしなくて」

「馬鹿、お前ちょっと自分のことちゃんと考えろよ。彼氏だって気が気じゃないだろ」

「う、気をつける」

 藤堂のことを持ち出されると言葉に詰まる。事故や怪我の原因を知った時はひどく辛そうだったし、少し思い詰めるような雰囲気があったのも確かだ。でも正直事故についてはいまだに、偶然に巻き込まれただけなんじゃないかなんて思ってしまう。
 狙われていることも視野に入れなくてはいけないというのはわかっているのだが。あんなにタイミングよく行動に起こせるものなのかと疑ってしまうのだ。

「お前のその自分に無関心なところ、気をつけろ」

「ん、肝に銘じておく」

「そうしろ、普段よりもずっと気をつけろよ」

 疑念は晴れないけれど、楽観的でいい加減なところ、本当に気をつけないと周りに迷惑がかかる。いまは奇妙な出来事がなにもないが、この先もないとは限らない。原因がわからないいまは、なにもないとはいえ気を抜くのは駄目だ。
 忘れた頃を見計らっている可能性だってある。どうしてこう僕は思慮深さがないのだろう。何度も同じことを繰り返しているのに、ちっとも成長が見られない。

「最近は彼氏とはうまくいってんのか?」

「え? あー、うん。なにかと連絡もくれるし、必ず週末も来てくれるし」

「それめちゃくちゃ心配されてんだろ」

「あ、そうなのかな」

 そういえば前よりメールの回数も多いし、電話もよくかかってくるようになった。それに浮かれてばかりで、深くその意味を考えていなかった気がする。僕は無関心というか脳天気なのではないだろうか。自分のことながら呆れてしまう。

「もうちょっと自分を大事にしろよ。でないと彼氏が可哀想だろ」

「う、うん。悪い」

 僕自身より自分のことのように心配してくれる藤堂。どれほど彼に心労をかけているのだろうと考えれば、それはひどく大きな負担なように思えてくる。
 僕からの連絡がないだけで一晩眠れなくなってしまうくらいだ。もし僕になにかあったら、そんなことを考えてすごく不安になってしまう。

「心配かけたくないなら、なんでも言葉にしろ。佐樹は自己完結するところがあるから、それは改めたほうがいい」

「あー、うん。そうだよな」

「そうそう、お前は自分で思っているよりも倍くらい言葉にしても足りねぇくらいだ」

 僕はとっさに重要なことを隠してしまうところがある。それは心配かけまいとする気持ちや保身だろう。でもそれは身に染みついた癖のようなもので、なかなか改めるのが難しかったりもする。
 だけど藤堂のことを思えば、意識して話すようにしなければいけないなとも思う。

「けどあんまり気にし過ぎても自意識過剰になりそうだしな」

 何度も念押しをされてから切れた電話を見つめ、思わずため息をついてしまう。どこまで気にしたらいいのだろうか。色々と助言をもらうけれど、それのどれもがすとんと胸の中に落ちてこない。

 危機感がやはり欠如しているのだろうか。けれど普通に生活していたら気になどしないようなことばかりだ。なんだか最近は思いもよらぬことばかりでめまぐるし過ぎる。
 考えることがたくさんあり過ぎて少しばかりキャパオーバーだ。

「なんだか今年に入って周りが色々と変化し過ぎだな」

 色んなことがここ半年くらいにぎゅっと詰め込まれている感じで、驚くほどあっという間に時間が過ぎている。春に告白されたのがもうずっと前のような気さえしてくるほどだ。

「このまま、もうなにも起きずに過ごせたらいいのに」

 腰かけていたベッドにごろりと横になると、携帯電話を手放し左手を宙にかざした。そして僕は薬指で光るシルバーリングを見つめる。
 藤堂が卒業をして一緒にいられるようになることがなによりの望みだ。藤堂が笑っていてくれればいい。それ以外は欲張らない。だからこのまま時間が過ぎて欲しいそう願うばかりだ。

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