始まり06
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 こうして優哉を目の前にすると、四年と半年という時間は思っていた以上に長かったのだなと思えた。いつもどこか切なさを感じさせていた瞳は、いまでは強い光を含んでいる。まっすぐで淀みないところは変わらないけれど、前よりもきっと心が成長したのかもしれない。
 広くなった肩幅。見上げる背丈は、もしかしたら少し前より高くなっているんじゃないだろうか。なんだか思わず抱きつきたくなる包容感がある。

「なあ、優哉」

「なんですか?」

「おかえり」

 ずっと言いたかった言葉を口にしたら、なんだか胸が熱くなってきた。慌てて俯いたら込み上がってきたものがあふれて、はらはらとこぼれ落ちてきてしまう。
 あふれだすものは止まらなくて「ごめん」と謝ったら、大きな手で頬を拭うように撫でられた。そしてしっかりと肩を抱き寄せられる。

「佐樹さん、ただいま」

 優しい声で返してくれた返事にほっとした気分になる。待ち焦がれていた再会は思った以上に心を満たした。夢みたいだと思っていたけれど、これは夢なんかじゃない現実だ。ようやく帰ってきたんだ。
 こぼれる涙を拭って顔を上げると、僕はいまできる精一杯の笑みを浮かべた。その笑みに優哉もまた至極優しい笑みを返してくれる。

「泣くつもりなかったんだけど、お前の顔を見たら安心した」

 あふれるばかりだった涙がやっと止まれば、熱くなった気持ちも少しすっとして落ち着いた。それと同時に周りから感じる視線にも気づいてしまう。
 大半は僕たちのことなど気にも留めていないが、男二人でいつまでも抱き合っていると余計な人目を引いてしまう。しかし慌てて離れたら、少し優哉は不服そうな顔をした。

「これで我慢しろ」

 拗ねた優哉が可愛くて僕は甘やかすように手を取って握りしめた。そうしたら眉間に寄ったしわがほぐれて、満面の笑みが返ってくる。その笑顔がひどく無邪気で、僕まで口元を緩めてしまう。

「指輪、してくれてるんだな」

 握った左手の薬指には僕が贈った指輪がはめられていた。それが嬉しくてそっと指先で指輪をなぞったら、空いた片方の手で僕の左手がすくい上げられた。

「佐樹さんも、してくれていて嬉しいです」

「いまはずっと外してないぞ」

「もしかして、学校でも?」

「うん、もう隠さなくてもいいだろ」

「そうなんだ。ありがとう、佐樹さん」

 そっと指先に口づけられて胸の鼓動がとくんと音を立てた。久しぶりの感覚に思わず顔がふやけたように緩んでしまう。照れくさくてすぐに俯いたけれど、小さな笑い声が聞こえた。多分きっと耳まで赤くなっているに違いない。

「あ、そうだ。三島たちに連絡しないと」

 熱くなった頬を誤魔化すようにわざと話題を変える。そんな僕に気づいているだろう優哉は目を細めて優しく笑った。

「さっき弥彦に電話したら出なかったんですけど、ほかにはあずみですか?」

「ああ、あと峰岸」

「本当にまだ三人繋がっていたんですね」

 携帯電話を取り出した僕を見つめて優哉は肩をすくめた。どうやら三人の交流を知っているようだ。三人とも別々に連絡を取り合っていたみたいだけれど、話題にでも上っていたのだろうか。思えばあの三人は僕が知るよりも交流は盛んかもしれない。

「あれ、近くないか?」

 三島の携帯電話に発信したら近くから着信メロディが鳴り響いた。注意深く視線を巡らすと、数メートル先の柱の陰に人影が見えた。三島も峰岸も背が高いのですぐに目につく。優哉の手を引いてそちらに向かっていくと、三島が慌てた様子で携帯電話を手にしたのが見えた。

「もしもし、なんで隠れてるんだよ」

「あー、ごめん。邪魔しちゃ悪いかと思って」

「そういうのは恥ずかしいからやめろ」

 電話口で聞こえる声が目の前でも聞こえてくる。じとりと目を細めて見れば、三島は少し引きつった笑みを浮かべてこちらに片手を上げた。その両隣でもまた片平と峰岸がひらひらと片手を振って、貼り付けたようなぎこちない笑みを浮かべている。

「相変わらずだな」

 三人の様子に大きなため息を吐き出した優哉は肩をすくめた。それに対し「久しぶり」と三人は揃えたように声を上げる。なんだか一緒にいる時間が増えて性格が似てきたんじゃないだろうか。
 片平や峰岸は昔からこんなだったけど、三島は少し悪影響じゃないかと思えて心配になってくる。小さく息をついて携帯電話を閉じると、僕はそれを上着のポケットにしまった。

「無事に西岡先生と優哉が再会できたところで、ご飯行こう」

「二人して眉間にしわ寄せるなよ」

「お店予約してあるから行こうか」

 呆れた視線で見つめる僕と優哉に対し、片平がいち早く逃げ出すように身を翻して歩き始める。そしてその後ろを峰岸と三島がついて行く。
 足早な後ろ姿にまた思わずため息を吐き出してしまうが、三人なりに気を遣った結果なのだろうと思えば、文句を言いようがない。こうしてこの場所に連れてきてくれたのも彼らだし、感謝の気持ちのほうが大きいくらいだ。

「行くか」

「そうですね」

 顔を見合わせて繋いだ手を強く握りしめると、僕と優哉は三人の背中を追いかけた。時折こちらを振り返って笑う彼らはいつもに増して元気だ。僕にばかり気を遣っているけれど、なんだかんだで優哉が帰ってきたことがみんな嬉しいのだろう。先ほどのことは大目に見ることにするか。

「先生、早く早く!」

「腹減った。二人とも早く来いよ」

「急かすなよ」

 それからまた三島の運転する車に乗って移動をすることになった。車内は行きよりもずっと賑やかな話し声と笑い声が響いて、和やかなものだった。久しぶりに会ったというのに、その時間を感じさせないほど会話が弾んでいる。

「優哉、西岡先生には謝った? もう、肝心なこと忘れるんだから」

「ほんとだぜ、こまめに連絡くれた三島に感謝するんだな」

「わかってる」

「四年経って私たちはあんまり変わっていない気がしたけど。優哉は結構雰囲気が変わったわね。背も伸びた?」

「二、三センチくらいだから、大して変わってないと思うけど」

 あれこれと質問攻めにされる優哉はずっと困ったような顔をしている。特に今回のことは三人にいじられっぱなしだ。それでも空気は穏やかで、彼らの学生時代を思い出させる。
 みんな随分と大人になったけれど、中身のまっすぐさは全く変わらないなと思う。懐かしさを覚えながらしみじみと四人を眺めてしまった。

「あ、もうすぐ着くよ」

「いまから行く店はね、このあいだ初めて連れてきてもらったんだけど。料理は美味しいし、ワインも豊富なの」

 三島と片平の声につられ窓の外へ視線を向けると、見えてきたのは落ち着いたブラウンの外壁とダークグリーンの平屋根。小さな佇まいのその店は、華美な装飾もなく周りの住宅に溶け込んでいた。けれど店の前にある手書きの看板と入り口のオレンジ色の照明が、そこがレストランなのだと教えてくれる。

「時間もちょうどいいね。よかった」

 二台分ある駐車場の片側にまっすぐと車が収まった。そして車が完全に停車すると僕たちは揃って店へと向かう。思えばこの面子だけで食事をするのは初めてだ。
 みんなで一緒に弁当を広げて食べたことはあるけれど、こうして全員集まることも卒業以来初めてだし、なんだか嬉しくなった。これからはこんな日が増えるのだろうか。
 隣に立つ優哉を見上げたら、小さく首を傾げて笑みを返してくれる。それだけでなんだかとても心が浮き立つような気がした。

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