始まり10
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 伝えたいことはたくさんある。僕の中にいっぱい詰まった優哉への気持ち。四年半分の想いはきっとすべて伝えるには時間が必要だ。でもこれから先、優哉はずっと隣にいてくれる。
 そう思うと傍にいる限り伝えていけるのだと、なんだか幸せな気持ちになれた。伝えきれないもどかしさも、いつかちゃんと伝えられたらいい。

 もう後悔しないように自分の気持ちに正直に、一つ残らず言葉にしていこう。すれ違って胸を痛めたあの日を繰り返さないように。そうしたらもっと僕たちの距離は近くなる気がする。

「優哉は時雨さんにそっくりだけど、おじいさんとおばあさんにも似てるな」

「そうですか?」

「うん、ほらこの笑い方とか、目元とか」

 写真の中にいる優哉の家族はみんな優しい笑顔をしていて、面差しが彼によく似ていた。なに気ない仕草や表情を見るだけで、彼らが本当の家族なんだとわかる。
 母親に会った時はそんな風に思わなかったから、優哉は父親によく似たのかもしれない。話を聞くだけでも優哉の父親は優しそうな印象だった。祖父母も穏やかそうな人たちだし、きっとみんな心根が温かいのだろうな。
 それは優哉を見ているとすごく感じる。みんなに大切にされて、愛されて、だからいままっすぐとした強い目をしているんだ。

「お前が大事にされているのを見ると、僕もなんだか幸せな気持ちになる」

「佐樹さん?」

 写真を見ていたらふいに視界がぼやけた。鼻をすすり俯いたら、優哉が心配そうな表情を浮かべて僕の顔を覗き込む。その視線に僕は恥ずかしくて、誤魔化すように笑みを浮かべてしまう。

「あ、悪い。なんか嬉しくてさ」

 ちょっとあまりにも嬉し過ぎて感極まった。写真の中にいる優哉の表情を見るだけで、胸が熱くなるほどだ。離れていた時間は無駄ではなかった。あの時迷わずに背中を押して本当によかったと思う。
 心から慈しんでくれる家族――これから先も変わらないだろう愛を与えてくれる人たち。優哉に心から笑い合えるかけがえのない家族ができたのだ。

「よかった、お前に家族ができて嬉しい」

「佐樹さん」

 こらえきれずにあふれた涙がこぼれ落ちた。次から次へとあふれるそれはなかなか止まらなくて、優哉が優しく指先で拭ってくれた。そして肩を抱き寄せて彼は僕を腕の中に閉じ込める。そんなぬくもりを感じてますます涙腺が緩んでしまう。

「お前が幸せでよかった」

 震える声でそう言ったら、かき抱くように強く抱きしめられた。それは少し苦しいくらいの抱擁だけれど、いまはそれさえも幸せに感じてしまう。
 腕を伸ばして抱きしめ返せば、胸元から少し早い心音が感じられた。優しい音――それはいまも昔も変わらず僕を安堵させてくれる。

「佐樹さんありがとう。佐樹さんが背中を押してくれたから、俺は迷わずにたくさんのものを得ることができた。いくら感謝してもたりないくらいだよ」

「僕は大したことはしてない。お前が頑張った成果だよ。お前がその手で掴んだんだ」

 優哉の両手が僕の髪を優しく梳いて撫でる。視線を持ち上げて彼を見つめれば、ついばむようにそっと口づけられた。愛おしいという気持ちがじわりと胸に広がって、また少し涙がこぼれてしまう。

「俺が愛している人があなたでよかった」

「そんなこと言われたら、泣くしかできないだろ」

 愛してくれるのが彼でよかったと僕もそう思う。優しくて温かくて、どんな時でも人を思いやれるまっすぐな心根を持つ人。そんな彼が僕を想ってくれていることが嬉しくてすごく幸せを感じる。
 涙の止まらない僕の頬に口づけて、何度も「好きだよ」なんて囁くから、胸が甘く締めつけられてたまらない気分にさせられる。

「佐樹さんがいてくれるから、俺は幸せでいられるんだと思う。向こうで頑張れたのも、佐樹さんが待っているって思ったから」

 そっと僕の左手を引き寄せて、優哉はその指先に口づけを落とす。さりげないこの行為は、何度繰り返しても愛おしさがあふれてくる。幸せになれるおまじない――そう言って初めて触れてくれた日からずっと、優哉は僕の心を支えてくれていた。

「僕もお前がいるから幸せだよ。お前がいてくれたからこうしていまも生きていられる。お前と出会えて本当によかった」

 こうして巡り会えたのはきっと運命なのだと、そう思えるくらいに彼は僕の心の大部分を占めていた。彼でいっぱいになった心は愛情をたっぷり含んで大きく膨れ上がっている。傍にいるだけで幸せが心に幾重にも重なっていく、そんな気がした。

「これからはあなたの傍にずっといさせてくださいね」

「うん、これからはずっと僕の傍にいて欲しい」

 背中に回した腕に力を込めて、隙間を埋めるように抱きしめる。胸元に頬を寄せてすり寄れば、抱きしめ返すように強く身体を包み込まれる。優しい抱擁は温かくて、心の隅々まで染み渡るようにぬくもりが広がっていく。それが愛おしくてたまらない気持ちにさせてくれる。

「お前が帰ってきたらしたいこといっぱいあった」

「たとえば?」

「うん、そうだな。家具を新調したいな。二人で選んだものに変えていきたい。まずはソファとベッドを買い換えよう。ソファはだいぶ古いし、ベッドはセミダブルじゃ二人で寝るの狭いだろう」

 いまあるものも二人の思い出はあるけれど、どうせ新しく生活を始めるなら真新しいものが欲しい。僕と優哉にしかない思い出を作りたい。そのためにも景色を変えようと思う。

「そうですね。部屋に合うソファを探しましょうか」

「うん、お前と並んで座るのに丁度いいのが欲しいな。ベッドは大きいのがいいかな?」

「一緒に見て選びましょう」

「じゃあ、お前の時間が空く時に家具を見に行こう」

「わかりました。佐樹さんの休みに合わせて時間作りますね」

 優哉と始める新しい生活はどんな毎日が待っているのだろう。それを想像すると胸がわくわくとしてくる。きっといままで経験したことのない驚きもあったりするのかもしれない。それでもそれはなににも変えがたいものになるはずだ。

「あとは、カーテンとか。ラグとかも少しずつ変えたい。書斎も整えないとな」

「やることたくさんありますね」

「うん、でも楽しいよ」

「俺も佐樹さんと始める生活が楽しみでしょうがないですよ」

「僕も、明日からが楽しみだ。だって優哉が傍にいるんだぞ。お前に触れられて、声が聞けて、夢だったらどうしようなんて思ってしまう」

 顔を上げて優哉の顔を見上げたら、ほんの少し困ったように笑ってから優しく髪を撫でてくれた。その手のぬくもりをもっと感じたくて頬をすり寄せれば、やんわりと目を細められる。黒い瞳の中に自分を見つけると嬉しくなるのは、いまも昔も変わらない。

「夢や幻なんかじゃないって、あとでしっかり教えてあげますね」

「馬鹿、そんな意地悪い目で見るなよ」

 熱を灯した瞳を久しぶりに見て頬が熱くなった。恥ずかしさを紛らわすように肩口に額をこすりつけてしまう。そんな甘えた仕草をする僕に、優哉は小さく肩を揺らして笑った。

「佐樹さん、これから色んなことたくさんしましょう。思い出を増やしていきたいです」

「うん、そうだな」

 いままでの思い出も鮮やかなまま心の中にあるけれど、これから先の思い出も眩しいほど鮮やかだろう。新しいことを始めて、新しいものを増やして、時雨さんが作ってくれたアルバムみたいにいっぱい思い出をあつめて、ずっと先の未来にまで残るものを形作っていきたい。
 僕と優哉にしか作れない二人だけの形を築いていくんだ。

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